第105話 懐かしきは

「さて、次は武尊の番だが、覚悟はいいか?」


 重蔵がそう言ってくる。

 俺としては特に問題はないが……。


「ええ。ただ、やり方ですけど、薙人と同じようにドームの中心に言って、念じればいいのでしょうか?」


 遠くから見る限り、そのようにやっていたようにしか見えなかった。

 他に何かすべきことがあるのなら、言って欲しいと思っての言葉だ。

 これに重蔵は頷いて答える。


「あぁ、それで構わない。現れる妖魔だが……慣れれば調整も効く。薙人の場合はただ、妖魔よ出ろと念じただけだろうが……そうだな?」


「はい!」


「武尊もとりあえずはそのように念じれば良い」


「その場合は、さっき薙人が出したのと同じように、下位妖狼が出てくるのでしょうか?」


「いや、その人間にとって、最も印象深い妖魔が出現する。武尊であれば……婆娑羅で戦ったことがあるような相手が出てくるのではないだろうか?」


「なるほど……」


「問題なさそうか? なければ行くといい。さっきも言ったように、何が出てこようと死ぬことはまずない。その意味では安心しておけ」


「分かりました。では、行ってきます」


 二人にそう言って、俺はドームの中心まで進む。

 そして言われた通り、念じた。


(……妖魔よ、出ろ……)


 本当に、特に気負いなく念じただけだった。

 後で思ったのは、この気負いのなさというか、方向性を全く決めずに念じたのがあまりよくなかったのだろう、ということだ。

 この時の俺は、俺にとって最も印象深い妖魔というものがなんなのか、すっかり忘れていた。

 いや、奴の存在について忘れたことは一度もなかった。

 けれど、あまりにも長い付き合いをし、存在を意識するような相手で無くなってしまっていて、あいつが妖魔なのだ、という意識が欠けていた。

 だから、それが現れた時、俺はしまった、と心の底から思った。


「……まさか、お前に会えるとは……な」


 あまり強い存在感はなかった。

 むしろ希薄だ。

 また、見た目の迫力という意味でも、先ほど薙人が出現させた下位妖魔の方が遥かに上だと言える。

 けれど、俺はこいつがとんでもない化け物だと知っていた。


 黒髪に、赤い瞳。

 着流しを無造作にはためかせ、手には白鞘の日本刀を一本携えている。

 構えは特になく、その場に突っ立っているだけだ。

 それなのに、一切の隙がなく、どう切りつけようと考えても、全ての攻撃が通用しない未来しか見えなかった。


(……温羅。こいつは、あの大封印の中にいた、温羅だ……)


 そう、そこにいたのは、俺がこうして転生することが出来た原因、妙な友誼を結んでしまった鬼神、そして俺の剣術、その師匠と言ってもいい相手だった。

 もう九年も前の記憶になるから、こいつを思い出すたびに感じていた、まず敵わない感じは、俺がこいつの強さを美化しているところもあるのかもしれない、と少し思っていた。

 しかし、こうして目の前にすると分かる。

 美化どころじゃない。

 むしろ、記憶よりも隙がない……。

 勝てる気がしない……。

 そんな存在だった。


 こいつの出現に、重蔵がどんな顔をしているか気になったが、そちらを向けば俺の首は落ちると確信できる。

 そうなっても別に死なないという話だが、こいつを前にしていると、本当にそうか?と不安になってしまう。

 魂の理を操り、俺を転生させた奴だ。

 どんな法則すらも超えてきそうな底しれなさが、そこにはある。


 とはいえ、念じて出現させたのだから、念じれば逆に消えたりしないだろうか。

 そう思ってやってみるも、全くその気配はなかった。

 どうやら、やるしかないらしい……。


 俺がゆっくりと、注意深く木刀を構えると、温鬼も白鞘から刀を抜いて構えた。

 ……美しい構えだ。

 つい、見惚れてしまうくらいに。

 俺と奴の今の構えは、全く同じものだ。

 重蔵に教わっているものではない。

 後でどう言い訳したものか困ってきたが、慣れない構えで戦える相手ではないし、仕方がなかった。

 ニヤリ、と口元に微笑みを浮かべる温羅は、どれだけ成長したか見てやろう、とでも言っているようだった。

 これは師と弟子の、実力の確認のしあいなのだろう、とふと思った。

 そしてそう思えば……怖くはないだろう。

 俺は木刀を振りかぶり、そして、間合いをつめて振るう……が。


「……あ?」


 気づけば、俺の首筋を温羅の刀が通り過ぎていた。

 目の前が暗くなる。

 そして真っ暗になる直前に、


「……まだまだだが、やるようになったな」


 幻聴のように、懐かしい声が聞こえ、そして俺の意識は完全に途切れた。

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