第48話 来客たち

「……お邪魔します。ほら、咲耶もお言いなさい」


 玄関の方からそんな声が聞こえてきて、母上が慌ててそちらに小走りで向かう。

 着物姿なのに器用なものだ。

 普段は洋服のことも多い母上だが、今日は箪笥の奥の方から出してきた高価そうな着物をいそいそと着ていた。

 もちろん、美智が来るからだろう。

 後、龍輝の従兄弟の零児か。

 どちらも、本来なら、高森家が関われないような上位の家になるからな。

 だからこそ、父上も同席したかっただろうが、残念ながら仕事だ。

 やはりここのところ、妖魔の出現が多く、どうしても当主が相手をしなければならないような事件が少なくないらしい。

 龍輝の父親が来ずに、従兄弟の零児が引率がてら来るのもそれが理由だ。

 美智に関しては、ほとんど引退状態にあるというか、そういった前線に出るような仕事は息子達に任せているようだ。

 俺の目から見る限り、北御門一門最強の使い手は今でも美智なのだが、そのうち息子にその地位を譲ることを考えて、あえて経験を積ませているのだろう、ということは想像がつく。

「……お迎えに出られず、失礼しました、美智様、咲耶様……」


 玄関でそう言って深く頭を下げる母上だが、美智は気にした様子もなく、


「いいのよ、薫子ちゃん。むしろ急にお邪魔させていただくことになって、申し訳ないくらいだもの。咲耶がどうしても来たいって聞かなくてね……」


「咲耶様が……。武尊と仲良くしていただいているのですね」


「もうこれ以上ないくらいぞっこんなのよね……許嫁にしようと言ったときは、ここまでになるなんて想像もしていなかったけれど。それに、なんだか修行したいからとも言っていたわ。人形を持って……」


 不思議そうに首を傾げる美智であったが、その視線の先を見ればその意味は理解できた。

 咲耶が小脇に抱えているのは、夢野先生が俺たち用にカスタマイズして作ってくれた人形術の人形であった。

 咲耶のものは、隠密性重視にしたとか言ってたから、一見して術具だとは全く分からない。

 それとデザインも咲耶はかなり口を出したので、夢野先生のビスクドール趣味ではなく、ファンシーなくまさんになっている。 

 だが性能は全くファンシーではない。

 あれは兵器だ。

 使いこなせば低級の鬼くらいなら軽く一蹴出来る。

 その上、極めればどこまでのことが出来るか分からない。

 人形術にここまでのポテンシャルがあることを、俺は前世も知らなかったので驚いているが、それも西洋魔術と日本気術の合成を試行錯誤してきたからこそのことなのだろう。

 まぁ、夢野先生本人は、咲耶の人形術を見て、あんなも私も出来ないんだけどと言って呆れていたけれど。


「美智さま、それに咲耶! 良く来たね」


 俺が、子供に擬態した口調でそう言うと、二人とも俺に微笑みかける。

 そういや、この二人は俺の本来の姿を知ってる二人になるからな。

 反応も似たようなものになるか。


「武尊ちゃん。今日は突然ごめんなさいね」


「ううん、構いませんよ」


「武尊さま! ご迷惑ではありませんでしたか……?」


 少し不安そうに言ってくる咲耶だったが、俺が頭を撫でて、


「いいや、全然。幼稚園がお休みになるって聞いて、寂しいなって思ってたんだ。ちょうどいいよ」


 と言うと、ホッとした顔で、


「なら良かったです!」

 

 そう言った。

 それから、


「……高森家ってここでいいのか? 誰かいねぇかー!?」


 外から声が聞こえてくる。

 次の瞬間、がらり、と扉が開くと、そこには龍輝と、それに彼をそのまま大きくしたような、少しワイルドな青年が立っていた。

 十五、六だろうか。

 短髪の少し逆立った髪に、頬には切り傷のようなものが見える。

 ただし顔立ちは意外に端正で、ただ表情がその中身の野卑さを教えているようだった。

 彼こそが、龍輝の従兄弟である零児なのだろう。

 初めて見たが、龍輝の口調とか雰囲気は零児リスペクトっぽいので、想像通りと言えば想像通りだな。

 

「来たわね、零児ちゃん、それに龍輝ちゃん」


 最初にそう口にしたのは、美智だった。

 龍輝にちゃん付けは分かるが、零児にすらちゃん付けなのか。

 ちゃんって感じの見た目ではないのだが……。

 それにそんな呼び方されれば反発しそうな雰囲気をしている。

 けれど以外にも零児は、


「お、バ、ババア……あんたもいたのか」


 と言いつつ、妙に引け腰というか、猛獣を前にしたような表情に変わる。

 どうも、彼は美智がいるとは聞いてなかったようだ。

 美智は零児のその反応にゆったりとした笑みを浮かべて、


「相も変わらず口が悪いわねぇ……。また特別訓練でも組もうかしら?」


 と口元に手を当てて首を傾げたが、それに零児は慌てて、


「ま、待ってくれ、ババア……じゃなかった、み、美智さま……その、勘弁してくれませんか……」


 と消え入りそうな声で言う。

 そんな零児の姿を見て、十分揶揄えたと満足したのか、ふっと美智は表情を変えて、


「──冗談よ、零児ちゃん。別にババアでいいし、口調も普通で良いわ。大事なところでだけ気をつけてくれればね」


 そう言った。

 意外にも、零児のこの態度は美智に許されているらしい。

 可愛いと思っている雰囲気があるな。

 

「そ、そうか……ありがてぇ。しかし、今日はまたどうしてあんたまでここに? あっ、そういや、咲耶はここの家のガキの婚約者だったか」


「……武尊さまです。ガキではありません」


 咲耶が断固とした口調で零児にそう言った。

 頬を膨らませて言う姿は、かわいらしく、零児も毒気を抜かれたのか、


「そうだったな。悪い悪い。うちの龍輝がガキっぽいガキだからどうしても……。で、そっちのお前が、噂の武尊か?」


 そう言って、俺に視線を向けてきた。

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