第37話 特別授業

 その日も幼稚園でのプログラムが全て終わり、親たちが迎えに来る時間になった。

 しかし、他の子供たちは皆、帰る準備をしていても、俺はそうはしていなかった。

 

 いや、厳密に言うなら、それは俺だけではなかった。

 龍輝くんと、それに咲耶も同様だった。

 

 この面子を見れば、事情をある程度知っている者ならば、大まかな理由を推測できるだろう。

 つまりはこれから、この幼稚園内での気術士教育というのが初めて行われるのだ。

 ずっと、いつやるんだろう、いつやるんだろう、と思いながらぼんやりと幼稚園児生活を送っていた俺なのだが、ついにその日がやってきたらしい。

 他の子供達を帰らせた後に行うのは、言わずもがな、危険であるからだ。

 この危険とは色々な意味があり、まず単純に一般人が怪我をする危険があるということ。

 そして、気術士の存在が露見してしまう可能性があることだ。

 まぁ、気術士の存在はたとえ露見したところで、記憶をいじってしまうことが可能なのでどうにでもなるところはあるのだが、この系統の術はやらないに越したことがないからな。

 あえてバラしていこうという感じには決してならない。


「……なぁ武尊。ドキドキするな!」


 もうクラスメイト達が全くいなくなった教室の中で、龍輝くんが嬉しそうに積み木を重ねながらそんなことを言う。

 それは別に、積み木がどんな形になるかについてを言ってるわけではないのは当然のことだ。


「でも、気術はお家で使い方とか教わってるんでしょう?」


 美智に聞く限りは、そういう話だった。

 けれど龍輝くんは言う。


「それはそうだけど……。親父は忙しいし、にいちゃんの方が多いかな。でもにいちゃんも最近忙しそうだし……」


 龍輝くんの家である時雨家は北御門一門にあって名家であるので、親戚筋の人がたくさんいる。

 ちなみに、にいちゃんというのは彼の実の兄ではなく、いわゆる従兄弟だ。

 彼の父親の兄の息子で、頻繁に龍輝君の家に来てくれるらしい。

 龍輝くんのどこかやんちゃな言葉遣いはそこ由来らしい。

 なんだか、そのにいちゃん、に憧れてるような雰囲気が伝わるからな……。


「気術士はみんな、いつも忙しそうだもんね」


「武尊の家もか?」


「うん。ここのところ、母上でも忙しそうだし。ほら、だからうちの迎えはいつも光枝さんでしょ」


「あの綺麗な人、武尊のお袋じゃなかったのか」


「そうだよ」


 そんなことを話していると、


「二人とも。夢野先生が来たみたいですわ」


 近くで一人、本を絵本を読んでいた咲耶が顔を上げてそう言った。

 言われてみると、教室の向こう側に夢野先生の真気を感じる。

 咲耶はこれを察知したのだろうか?

 さすがは美智と同じ力を持つだけあるな、と思う。

 龍輝くんは当然気づいておらず、本当か?というような表情をしていたが、夢野先生が程なくして現れると、マジかよスゲーよく分かったなと咲耶を褒めていた。

 ちなみに、咲耶と龍輝くんの関係は悪くないというか、ちょうどいい友人関係に収まっている。

 咲耶が変な嫉妬とかしないか、とちょっとだけ不安だったが、全くの杞憂だった。

 まぁそれは龍輝くんの方が意外に人付き合いうまいというか、咲耶に気を遣っているところがあるからだがな。

 龍輝くんは他のクラスメイト達とも良好な関係を築いており、俺を繋げてくれたりもしている。

 なので、今の俺は入園前には考えられないくらいに、そこそこ友人がいる。

 ただ、それでも気術士関係の話を出来るのはここにいる三人の間だけなので、特別な関係なのは変わらない。

 

「三人とも待たせてごめんね~。ちょっと準備に手間取っちゃって」


 夢野先生がそう謝罪しながら、かごに入った色々なものを取り出し始める。


「気にしなくていいぞ! それで、それはなんだ?」


 龍輝くんがそう言うと、夢野先生は、


「うん、これから三人には、気術士としての訓練をしてもらうのは分かってるよね? そのための道具で……。でも、今日はあんまり難しいことはないから、心配しないでね」


 そう言った。

 確かに、かごの中に入っているものには全て、真気を感じるな。

 ただ、形状は皆、子供向けのおもちゃのようなものばかりだ。

 まぁ幼稚園児に何かをさせるには、楽しんでもらう中でやった方が良い、という判断かな?

 カリキュラムとしては適切なのだろう。

 

「あ、そうそう。今、この教室の中で話してることは、外には聞こえないようになってるから、気術士のお話をしても大丈夫だよ」


 夢野先生がそれも付け加える。

 結界が張ってある、ということだな。

 これについては気づいていたというか、最後の一般園児が部屋を出ると同時に、自動的に張られたから、幼稚園自体に術具の類が最初から設置してあるのだろう。

 ただ、普段は特に発動しなかったが、授業がある日は使うという感じかな。

 

 それにしても、夢野先生は、普通に幼稚園の先生をしている時より、いまの方が遙かに饒舌というか、リラックスしている感じだった。

 やはり、幼稚園の先生の方にはまだ慣れていないのだろう。

 ただし、気術士としては実力がありそうなのは確かで、どんなことが行われるのか、龍輝くんではないが俺も楽しみだった。

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