第17話 昔と今と

「……お兄様が身罷られて五十年も経ちましたから、正直、色々昔と変わったところを挙げ始めるとキリがないのですが、まずは気術士周りについてからお話ししましょう」


「あぁ……」


 一体どんな変化があったのか。

 まぁ半世紀も経てば、色んな事が変わるか。

 最も身近な変化は美智が俺よりもずっと年上になってしまったことだが、以前と変わらずに兄として扱ってくれているから嬉しい。

 ともあれ、話を聞こう。


「気術士は、私やお兄様の時代ですと、ほとんどの教育はおのおのの家門で行う、というのが普通でしたが……」


「えっ、そこから変わったのか!?」


 俺は驚く。

 気術士の技術は、それぞれの家にとって門外不出の技法まで含む。

 そのため、その教育についてはそれぞれの家が行うしかない。

 とはいえ、基礎については家門などの単位で共通の部分があるから、ある程度のところについてはその家門ごと、子供たちで集まって行うことが多かった。

 北御門で言うと、俺が得意な虚空庫とか、あの辺の技法はそういう形で教えられてるものだな。

 しかし、今は違うという。

 どう変わったのか……。


「もちろん、それぞれの家門に特有の秘術の類については、その家の子供のみにしか伝授しないことは変わりません。ですが、それでもかなりの部分について、技法の公開もまた進んだのです」


「というと?」


「たとえば、東雲家の霊剣術、西園寺家の符呪の技、南雲家の結界法などについては、七割方程度までその技術が公開されています」


「……嘘だりょ? なんでそんな……」


 それぞれの家の技法は、それぞれの家が血と汗の滲むような犠牲と努力を払って作り上げてきたものだ。

 それをおいそれと教えるなど、俺の時代には中々考えにくかった。

 まぁ、それでも全く教えないというわけではなく、本当に基礎の基礎、くらいは学べはしたのだが。

 あとは、その家の誰かに気に入られて全て伝授される、なんてことも稀にはあった。

 ただ基本的には、他家の技を学ぶことはほぼ無理だった。

 それなのに。


「これは意外にも、今の三家の当主たちが提案し、作り上げたルールなのです。この世界を妖魔から守るためには、全ての気術士が力を合わせねばならない。そのためには、その技法全てとは言わないまでも、一人でもある程度のことが出来る気術士を育てるため、各家の技法を公開していくべきだと」


「お題目としちゃ、確かに正しい話だが……」


 あの欲深たちがそんなきれい事をまともに主張したことが不思議だ。

 やつらは自分たちの力に絶対的な自信を持っていた。

 他家の力などなくともいいと、そんな不遜さすら持っていた。

 それは仲間だと思っていたときは頼もしいものだったが、今となってはただの傲慢だったと思う。

 それにやつらも気づいた……?

 いや、それは考えにくいな……。


「何か、理由があるのでしょうね。ですが、今の今まで、それについては分かっていることはありません。ただ、結果としてそれは多くの家が賛同したので……北御門の技法も、ある程度は公開しております」


「そうなのか……っていうか、公開って言うけど、どうやって? 奥義書でも配ったのか?」


「まさか。教えているのですよ」


「家で?」


「いいえ、学校で。気術士たち皆で、気術士たちのための学校を創立したのです。これは画期的なことでした」


「が、学校……!」


 俺が子供の時にも学校はあったが、それは一般の学校だ。

 気術士たちの学校なんてそんなものはなかった。

 それに、気術士は学校で学ぶのではなく、読み書き計算も家で学ぶ。

 そのため、その響きはあまりにも斬新に感じた。


「幼稚園から、高校までの卒業資格が取れる学園、という形になっていますね。名称は、気術総合学術院。お兄様もいずれ、そこに通うことになると思いますが……大丈夫ですか?」


「大丈夫とは?」


「……普通の子供らしく過ごせますか? ということです。こう言ってはなんですが、それなりの年齢の者が、子供の中で子供と同じように過ごすのは、思いのほか、きついものだと思いますよ……」


「ぐっ……い、いや。でも俺は……いきなり年は取れないし……」


「ですよねぇ。正直、高森の二人に事情を全て説明してしまった方が色々と話が早いのですが……」


「それは駄目だ。少なくとも、今は……」


 だましているようで気が引けるが、あまりにも言いにくかった。

 本来であれば、俺ではなく、別の子供が出来たのではないか。

 そんな思いもある。

 いずれは必ず言わなければならないが……。


「そこまで思い詰めずとも、あの二人は素直に受け入れてくれると思いますが。そもそも、お兄様は北御門の長男、その転生体を誕生させたとなれば、名誉と考えるやもしれません」


 この辺の言い方は一門のトップらしいところが出ているな。

 ややもすると無神経さにも感じるが、美智にその辺の機微がわからないわけもない。

 俺のためにあえて言ってくれているのだろう。

 しかし……。


「だとしても……俺の覚悟がつかない。今は……」


「……分かりました。でしたら、幼稚園コースしかありませんね」


「……あぁ……」


 いやすぎるが、仕方がないだろうな……。


「まぁ、飛び級制度もありますからね。何なら、ガンガン上の学年に移っていくという手もあります。その場合は……今度は年上に嫉妬の目で見られる、とかもありそうですが、そういうのはお兄様は慣れておられるでしょうし……」


「子供の中でカルタに本気になるとかよりは、いっそそっちの方が楽だな……」


「カルタ……大分ジェネレーションギャップがありますね」


「ジェネ……?」


 どういう意味だ、と尋ねようと思ったが、美智は俺の言葉に、あぁ、そうだった、という顔をして、


「そもそも、お兄様の常識は五十年前で止まっているのですものね。まず、そちらをどうにかせねばなりません……スマホでも渡そうかしら。私の術がかかっているから、常に枕元に置いておいて、とか言えばなんとかなる……わよね……?」


 何かを検討しだした。


「スマホって何だ」


「高森の二人は使っていないのですか?」


「ええと……?」


「……あの二人はガラケー使ってそうですものね……。気術士は機械音痴が多いから……お兄様、説明いたしましょう……」


 そして、俺はスマホなるものの存在と価値を知った。

 それを使えば、自分で常識を色々と調べられる。

 気術士関連の情報については難しいらしいが、それでも大分助かる。

 そして、美智はそろそろ戻らなければならない、と言ってその日は高森の家を後にしたのだった。

 またすぐに来る、と名残惜しそうに何度も言っていたのが、どこかかわいらしかった。

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