サブクエスト〈2〉

[隠しサブクエストが開始します]


迫りくる虫を退治しましょう!


難易度D+

制限時間10分

報酬小さいポーチ

失敗時--死亡



「なぁ⋯⋯詠視」


青いウインドウを出したまま、RPGゲームのNPCみたいな動きで詠視の方へ向く雄大。


「どうした?早く準──」


ガッと詠視の両肩を掴みかかり、鬼のような形相で声を荒げ始めた。


「お前ぇぇ!!なんだか分かんねぇけど知っててここに来たんじゃないだろうなぁ!?」

「お、おいどうしたんだよ雄大」


恐ろしい程圧迫感を感じる詠視は、掴まれてそのまま前後に抵抗することなくブンブン揺さぶられる。


「お前!!虫が大の苦手だって知ってるだろぉ〜!?」


半分叫び声にすら聞こえる雄大の切実な悲鳴が詠視の耳にしっかりと入り、一呼吸の後、忘れていていた詠視の顔から焦りを感じる表情と冷や汗をドンドンかき始めた。


うん。しっかり忘れてたよ──雄大。


「めっちゃゴメン。俺も苦手なんだ」


すると揺さぶっている雄大の両手が止まる。


「⋯⋯は?」


雄大の両目には呆れが込もっている。


「おい──じゃあ、誰が退治すんだよ?」

「どうしよう」


数秒の沈黙。俺は完全に雄大に任せようとしていた。アテが外れた。


[制限時間は10分間です]

[健闘を祈ります]


「おいおいおいおい⋯⋯⋯⋯」


動揺する雄大が余韻を残しながら吐息を漏らす。


「と、とにかく──」


その時、二人の表情は同じだった。


ブゥ〜〜ン。

人間ならほとんどの人間が絶対的に嫌いな虫の羽音。


「最⋯⋯悪だぁ〜!!!」


雄大がそう言いながらアルコールスプレーを両手に抱えて大きい長テーブルの上に置いた。


「詠視!おい!どうすんだ?なんか知ってんだろ?急げって!この部屋意外と狭いんだから、早くしねぇとやべぇって!」


雄大がスラスラ早口で言い切る。


この保険室は大体12畳程の部屋の広さ。その中央の長テーブルに二人。そして窓は一つ。どう考えても準備としては楽なものだろう。


⋯⋯普通●●なら。


「雄大、わりぃ」

「えっ?どうした?ライターならあるぞ?」


宝物を見つけたようにポケットからライターを取り出し、詠視の前にチラつかせる。


「俺が言ってる虫って────」

「え?」


ドシン。ドシン。


二人が謎の揺れに反応する。


「なんだ?地震か?」


雄大が窓の方へと近付く。

そのまま身を乗り出して窓の外にある景色を覗くと──ブルブル顔を震わせながらゆっくりと詠視の方へと振り返る。


「やっぱ──'デカイ'よな?」

「なんだよ!アレ!」


そう指し示す先には⋯⋯高さ6メートル、横幅10メートル程の大きいで済むか分からないほどのカマキリが、怪獣のようにゆっくり迫って来ている。


「詠視⋯⋯じゃあ」


雄大の視線の先はアルコールスプレー。


「それ全部──アレにぶつける為なのか?」

「勿論」


ニッと口元を僅かに綻ばせ、カマキリの方を見つめながら移動の準備を始めた。


「いいか?あのカマキリは、虫と思って考えないこと」


スプレーをポケットや手に持ち始めている時に、詠視がボソッと呟き始める。


「え?」

「地球の考えでカマキリを侮って見るなって事さ。アイツらは──異界の生命体だ」


驚きの吐息を漏らしながら詠視を見つめる雄大。


そして詠視が最後の1本を手に取る。


「しっかり感情があって、こちらを的確に狙ってくる生物⋯⋯確かに知能は人間以下ではあるが、認識の10倍ほどあるって思いながら動いた方がいいってことだ」


詠視は目の前にある窓ガラスを消化器で割り、気を付けながらカマキリの元へと急ぐ。


「ふぅ⋯⋯」


緊張で身体が微かに反応が遅い。


そう詠視がボソッと心の内で呟くと、目の前にウインドウがピロンと現れた。


[あなたの◎_−"↓"↓≧によって緊張の緩和、及び感情の抑制が行われます]


'これ、俺でも知らない'

あの小説のことなら大概の事は理解しているはずの俺が──知らないことがあるだと?


恩寵ではないはず。フィルタリングが掛かっているって事は──俺が知らない情報って事だ。くそっ、今気にしても仕方ないか。


「有り難いな、軍人の方々に感謝だな」


手の平を閉じたり開いたりしながらそう呟く詠視。


彼らはいつもこんな冷静じゃなければ任務も達成できないんだ。その冷静さをくれるなんて──有り難い話だ。


「⋯⋯⋯⋯」


そんな詠視を、雄大が気まずそうに視線そらしている。


「詠視!」

「⋯⋯っッ!」


ドシン。


もう距離はそう遠くない。


「作戦はどうするんだ!?」

「まず忘れないで欲しい!これは一時的に別次元に飛ばされているだけだ!」

「なに?」

「周りを見ろ!」


雄大が周りを一周すると、納得した様に真っ直ぐカマキリを見つめる。


「クエストの力で一時的に違う場所にいるって事だ!終われば元に戻るから、被害とか気にする必要はないし、そんな余裕はない!」

「分かった!」

「とにかく、このスプレーの蓋を外して、ひたすら足目掛けてかけて行く!」


アイコンタクトで雄大がうんと頷き、そのまま二方向に別れる。


「キィィィィ⋯⋯⋯⋯」


'描写されてるよりキメぇ'


詠視が大きいカマキリを見つめながらそう言葉をこぼす。


細くない足と鎌。振れば最後、建物すらも斬ることが出来る生物に進化する。


'今はまだ木なんかレベルしか斬れない'


だがこれから先、この最終進化形態である化物に遭遇する事になる。今の内に慣れとかなければ。



「キィェッッッッ!!」


カマキリの威圧代わりの叫びに強風が発生し、腕でどうにか風圧を抑える二人。


「くっ⋯⋯!」

「⋯⋯⋯⋯」


風圧が止む。

そのまま二人同時にカマキリの下へと走り出した。


「地球のカマキリも速度がエグい!気を付けろ!」

「お前に言われなくても分かってるよ雄大!」


カマキリとの距離を詰める。


'コイツは九等級生物ベビーマンティス'

知能は人間でいうと5歳程度。だが絶対に侮れない。トリッキーな動きを自然とこなしてくるからだ。


だが──。


「俺はてめぇの行動パターン描写をだいたい存じ上げているんでねぇ!!」


コイツは足を使わずに、鎌でしか狙ってこない。トリッキーな行動も、全部鎌での動きの変化の事だ。


カマキリが詠視に気付く。


「キェエェ!」


横幅1m近いガッチリ太く鋭利な鎌が詠視に振り下ろされる。


────ドンンン!!

カマキリの力一杯込めた振り下ろしが地面に突き刺さる。威力が高いその一撃は、地面に亀裂が生じる。


それを見ればすぐに理解できる。

まず一撃でも貰えば、それだけでワンパンKO間違い無しの惨状だ。


「おっけぇ〜!!」


余裕の笑みを出しながら鎌やそれに繋がっている足や胴体にかなりの量あるアルコール液をかけまくっている詠視。


それを見ているカマキリの表情が険しくなっているのが目に見えて分かる。


「ギギギ⋯⋯」


詠視の表情に腹を立てたカマキリが両手の鎌を振り上げて詠視の元へ振り下ろす。


「そうだよなぁ?そう来ると思ってましたっ!」

「キッ?」


詠視は鎌の振り下ろし先中間あたりで無防備に棒立ちしている。


「いいねぇ〜」


'いや、怖っ!!'

内心そう呟く詠視だが、すぐに何かの力によって冷静になり、震えることなく鎌と鎌の中間で笑ってカマキリを見上げている。それから何度も何度もカマキリの攻撃をぎりぎりで躱し続ける詠視。




「そろそろ限界だ、もう策は無い。てかもうそれしかない──雄大!火を!」


詠視が視線を向けると、準備万端の雄大がライターで火を点ける。


ボオオオ!!

勢い良く火がつき始めて、急いでカマキリから離れる二人。


「うわ〜どうだろう」


手を額に当てて遠くを見るように燃え上がっているカマキリ眺める詠視。


「てか、よくあんな早く動けたな?雄大」

「ん?運動は得意な方だよ」


爽やかなイケメンピースを噛まされ、詠視の心境は複雑だった。


「てか詠視こそ、よく一般人のお前があんな冷静に動けたもんだよ」

「そりゃ⋯⋯本を読んだからな!」

「はぁ?そんなんで強くなるなら、誰でもやるだろ?」


冗談交じりにそう返す雄大。


そしてパチパチ音を鳴らしながらベビーマンティスの身体が焼け焦げている。


「うわぁ〜すげぇ、モン○ンってあんな感じで燃えてたんだな〜」

「確かに。結構耳に来るな⋯⋯バチバチ鳴ってるよ」


ベビーマンティスの羽が焼け落ちていき、次第に尻部分にあるお腹も焼けて内臓と思わしき何かが地面にベチャベチャ音を立てながら落ちていっている。


⋯⋯なんともキツイ絵面である。


'後どれくらいだ?'


そう詠視がウインドウを開いて確認する。


「後5分⋯⋯」


念入りにアルコールを準備できていたから良かったものの、無かったら本当に死んでた。実際読めてても怖いもんは怖かったな。


「キキキキキッ!!」


「「⋯⋯ッ!?」」


今にも死にそうなベビーマンティスが、二人の方へとゆっくりだが殺気を向けながら近づいて行っている。


「おいおいまじかよ!!」


雄大が上擦った声で発した。


 身体の臓物はドンドン地面に落ちていっているし、もう動くことすらキツイハズなのにも関わらず──こちらを絶対に見ながら殺しに迫ってくる。


 炎を纏って進んでくるその姿は恐怖さえ感じる。地球でこの生き物達が小さくて良かったと本気で感じる程に。


「キキキキキ⋯⋯⋯⋯」


雄大が咄嗟に最後のアルコールスプレーの蓋を開けてベビーマンティスに投げつける。


「これでもだめか!」

「キキッ⋯⋯」


更に燃え上がる。バチバチ焚き火のような音を鳴らし、二人に向かって鎌を振り上げる。


「⋯⋯っ!」「⋯⋯マジかよ!」


だが、鎌が下りてくる事はなく、そのまま後ろに倒れて震えながら息絶えた。


「⋯⋯はぁ、はぁ」


倒れたベビーマンティスを見た雄大が安心の息を漏らした。


「⋯⋯⋯⋯」


その数秒後、雄大がベビーマンティスに近付き、両手を合わせた。


「雄大」


罪悪感にでも苛まれているのかと疑いたくなるほどに、雄大は申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げている。


そのまま振り返る雄大が詠視に気付き、すぐに声を発した。


「⋯⋯あぁ、これはな?組織で必ずやる事なんだ」

「そうなのか?」

「あぁ。誰だって好き好んで戦争や命をかけたりしたいなんて思わないはずだ。そいつにはソイツの正義ある。だから、どっちが正しいとか、良いのか悪いのかなんてない。とりあえず両手を合わせろって」


「そっか。良い組織だな」

「だろ?」


誇らしげな笑みを詠視に向け、そのまま二人はその場から保健室へと戻っていった。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終末に向かっていく世界で俺だけが知っている ちょす氏 @chosu000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ