チャウチャウ座からこんばんは

オジョ

第1話 サッカー公爵について

 高校時代、同じクラスにP美という物知りがいたんですよね。


 P美は成績は良かったんですが、運動はからきしという根っからの文系女子で、体育の授業はほぼ休んでいました。口が達者でしたので、いつもあの手この手で言い訳を並べ立て、見学の席をかたくなに守り抜いていたわけです。

 そんな彼女が体育の中でとりわけ嫌いだったのがサッカーでした。何がなんでもやろうとしなかったんですね。


 ある日のお昼休み。

 私がその理由を尋ねるとP美は、

「足だけでボールをさばくという行為に意味を見出せないから」

とはっきり言ってのけました。

 意味も何も、そういう縛りでやるのがサッカーです。手を使ったらそれはハンドボールになってしまいましょう。

 私がそう言うと、

「提示されたルールを疑問も持たずに受け入れる。オジョ、あんたが正解なのかもね」

と、まるでディストピアに1人抗う主人公のような口調でP美は返してきました。

 それから、続けてこう呟いたのです。


「今のサッカーがあるのはね、サッカー公爵のせいなんだよ」


 サッカー公爵という名前を私は知りませんでした。

 それを察したP美は呆れた様子で言います。

「ふうん。じゃあ、サンドウィッチ伯爵は知ってる?」

 サンドウィッチ伯爵のほうは何度か聞いたことがありました。

 サンドウィッチを発明した方ですよね。

 たしか彼はとてもトランプ遊びが好きで、片時もゲームから離れたくなかった。だからトランプしながら食事ができるよう、片手で持てるサンドウィッチを作ったと聞いております。具材をパンで挟めば手が汚れませんからね。

 つまり三度のメシより好きなトランプのために、メシをサンドしたわけです。


「そう。伯爵の考案したサンドウィッチはあっという間に広まり、中でも当時の貴族の間で流行りまくったんだよ」

 P美は言いました。

「それでさ、サンドウィッチ伯爵家の隣に住んでたサッカー公爵もドハマリしたわけ」

 出ました、サッカー公爵。

「このサッカー公爵は大食らいだったんだけど、あまりにサンドウィッチが好きすぎて、いつも食べていたかった。常にサンドウィッチを持っていたかったんだよね。だけどさすがに食べてばっかだと太るでしょ」

 それはその通りです。

「だから公爵は、サンドウィッチを手に持ちながらでもできる運動競技を考えだしたのさ。そう、それが……」

「サッカー」

 思わず私は言っていました。

 たしかに、足だけを使う球技であれば、両手に1つずつサンドウィッチを持つことができます。

 しかし。

 激しい運動をしながら食事するなど、考えただけでも大変そうではありませんか。

「そう。黎明期のサッカーは実に見苦しかった」

 そう言ってP美は頷きました。当時に思いを馳せているのでしょう、彼女の瞳はどこか遠くに向けられていました。

「その頃はフィールド中に吐瀉物が撒き散らされてて、見るに耐えなかった」

 P美の瞳に映っていたのはゲロでした。

 しかし言わんこっちゃありません。

 食事か競技のどちらかに重点を置くということを、当時の方はしなかったようです。

「だがそんなとき!」

 P美は突如、語気を強めました。

「見るに見かねた1人の人物が避難の声を上げた。つまり最初に、サッカープレイ中の飲食を反則と決めた人よ」

 わざわざ決めるようなことかと思いますが、サッカーの成り立ちを顧みれば劇的な転換です。

「そう。その人こそが、イエローカード夫人」

 また新たな偉人が登場しました。

「彼女が考えた、反則を示すための黄色い札が、のちにイエローカードと呼ばれるようになったのよ」

 待ってちょうだい。

 さすがの私も異議を唱えました。

 黄色い札だからわかりやすくイエローカードのはずです。さすがに人名由来ではないでしょう。

「そう思うでしょ?」

 しかし、余裕たっぷりにP美は言ったものです。

「実は、黄色という色はイエローカードから来てるんだよ。それまでは名前がない色だったの」

 それはたいそう不便だったでしょう。

「うん。だから今度は貴族のあいだで黄色が大流行したんだ」

 黄色が大流行……?

「考えてみてよ、そのときまではみんな黄色い服を注文したくても、なんて言っていいかわからなかったんだもん。白か黒か、ベージュとかに落ち着くしかなかった」

 天下の黄色様を差し置いて、ベージュなんかに名前を付けるからそういうことになるのです。

「昔の写真てさ、白黒かセピア調でしょ。あれはそういう色の服や建物しかなかったから、そう見えるんだよ。サッカーボールが白黒なのも当時の名残りね」

 私は世の中の不思議な連鎖に、驚きを隠せませんでした。

 つまり、もしサンドウィッチ伯爵がいなければ、未だに我々は白と黒の世界にいたということなのです。

 私はたまたま昼食に持ってきていたサンドウィッチに両手を合わせて感謝を示すと、P美は実に満足そうな笑顔で頷いたのでした。

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