ストリッパー

@ha-

ストリッパー

 ほのかな明かりに身を潜める舞台の上を、白熱灯を掲げたオブジェは敬虔な信徒のように起立している。のみさしのセブンスターが煙る舞台袖は経年に色褪せ、用途のないガラクタが雑然と幅を利かせる。

 そんな中で女は裸の胸の上に右手を置いた。幾度も繰り返し、ついには品をまとったそれを陳腐な儀式と頭の隅に1、2、3と肺を気だるい空気で満たすのだ。

 女の瞼が開いていく。蕾が華と咲くように舞台化粧の怪しい色香を乗りこなして。

 合図はいらない。闇に沈んだスピーカーから唐突に流れる年季の入った曲。

 丸椅子から真紅なサテンを一枚羽織り、勢いよく舞台へ飛び出した。


 女は完璧に捉えるピンスポットに目が眩み、それでも感じる。舞台という境界線を踏み越えてくる集合意識。裸を晒すという行為に慣れたことはない。ここではいつも羞恥と恐怖に身が縮む。でもその度に硬く尖った胸を張り、笑顔で挑みかかるのだ。

 指の先までピンと意識を張りアチチュードをまわる。

 人生とはなにが役に立つかはわからないものだ、挫折を知らないあの頃には思いもしなかった。女は自嘲に引き攣りそうな顔を、板張りに叩きつけるように髪と一緒に振り降ろし、帯に手をかける。

 月一度のワックスで磨かれた床は鏡のようだ。

 ――床に映りこんだ女の瞳は――

 力づくで視線を引き剥がし、客席へとろけるような笑顔を振りまいて帯を解いた。


 後方に設置された雄を模したオブジェへと、女は焦がれるようにじらし寄る。

 帯から解かれし赤いサテンは跳ね浮き、しなやかな律動。曲線の見え隠れる訪れが蠱惑の度合いをましていく。

 ライトの熱射に汗をして。流れるような肌面をプリズムが輝きをましていく。

 それは初心な男を翻弄するニンフの舞い。赤いサテンの残像は、女の一挙手一投足の熱情を炎のように纏わっていた。


 頬の赤みがどこからくるのか、考えるのをやめたのは何時からだろう。

 抱きついたオブジェに絡ませる足を片方の手でゆっくりと押し開けていく。

 未知の期待に震えた初恋の触れえるようなキスの味。いまでは重ねた現実の重みのに震えているだろうか。

 弾けたようにオブジェを離れ、勢いのままに脱いだ赤いサテンを振り回す。離れがたいとそれに女は腕を畳みシェネのターンで抱き寄せる。そうして、祈るように倒れこんだ。

 投げ上げる女の手を離れ、纏っていた赤いサテンが舞台の境界を越えた。はたりと全ての明かりが消えた。

 ピンスポットの明滅は女の脳まで眩ませたのか。

 暗闇がもたらす安心を思う存分むさぼりながら。

 照明に描いた赤いサテンの軌跡が客席へ消えた時、鼻をすする音にあいつが見えた気がしたのは。


 いつも平凡な女だとガッカリされる。

 他人なんて勝手なものだ。

 だから同情で泣かれたと思った。

 馬鹿にするな、と怒りに震える私にあいつはこう言った。

 僕も貴方のようになれるだろうか、と。

 ――まったく他人なんて勝手なものだ

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