第9話 騎士王の秘密
ヘティリガ皇都の心臓部に存在する皇城。その下に連なるのは大都市である。数々の名店が立ち並び、一年を通して、そして一日を通して賑わいを見せる。平民や友好国からの旅行客だけではなく、貴族もお忍びで街に出ることがあるほどの美しく栄えた場所だ。
そんな街に引けを取らないのが、皇都の第二の街と言われている、グリディアード街だ。名店と言うよりかは、物珍しい店が数多く並んでいる。破格の価格で売買されている品物が多くあり、ほかでは手に入らない
そんな黒城の中に、足を踏み入れたのは、ルカであった。
「………………」
ルカを出迎えるようにして、侍女や執事が一斉に頭を垂れた。ルカは特に反応を示すことなく、ズカズカと歩く。レッドカーペットが敷かれた中央奥の階段を上がり、自室に繋がる道をまっすぐに進む。できるだけ、誰にも会わないように。しかし、そんなルカの淡い願いはすぐに打ち砕かれることとなる。
背後に感じた気配に、ルカは足を止めた。
「ルカ。帰ったのかい」
「………………」
「たまには、今日みたいに家にも顔を出してくれ」
ルカは、ゆっくりと振り返る。優しげな目元と明らかな善人のオーラ。ブラックの髪に、ラベンダーモーブの双眸。それぞれのパーツはルカとよく似ているが、雰囲気は似ても似つかない。
彼の名は、ジウベルト・レード・ティサレム・グリディアード。この黒城の主であり、グリディアード公爵。そして、ルカの実父だ。
「今度、城で舞踏会を開こうかと思っていてね。騎士団の方々も招待したいんだ。もちろん、お前も、ルクアーデ子爵令嬢も」
「……勝手にやってろ」
「いいのかい? ルクアーデ子爵令嬢をひとりにして」
グリディアード公爵は、人好きのする笑みを浮かべた。18歳の息子がいるとは思えない若々しさが感じられる。既に妻に先立たれており、後妻も迎えていない。未だに、グリディアード公爵の妻の座を狙っている令嬢や
グリディアード公爵の脅しとも取れる言葉に、ルカは舌打ちをした。
「死ね」
ドスの効いた低い声に、グリディアード公爵は笑いながら手を振る。ルカは再び自室への道を歩き始めた。
父であるグリディアード公爵のことを心の底から嫌っているわけではない。ルカは元からこのような性格なのだ。しかし、
自室に到着すると、扉を開け放つ。長いこと主人が不在だったのにも関わらず、自室は完璧に清掃されていた。
ルカは、部屋の中央にあるソファーに座った。
「……ふぅ」
小さく息を吐く。黒い手袋に包まれた手に握られていたのは、髪飾り。先程、ヴィオレッタに投げつけられた髪飾りだった。どうしたらいいか分からず、思わず拾って持って帰って来てしまったのだ。
今日、ルカは騎士団本部での仕事を早々に切り上げ、ヴィオレッタの兄であるヴィロードの元に向かった。そして、ヴィロードにとある相談をしたのだ。ヴィオレッタに好きになってもらうためにはどうしたらいいのか、と。大した回答は得られなかったが、ヴィロードはヴィオレッタが嫌がらない範囲でルカに協力することを申し出た。
そう、ルカは、ヴィオレッタのことが好きなのだ。
「ヴィ、……んん゛……ヴィ、オ、レッタ……」
その証に、今も髪飾りに向かってヴィオレッタの名を呼ぶ練習をしている。
ルカがヴィオレッタに婚約を申し込んだのは、嫌がらせでも遊びでもなく、ただ
ルカがヴィオレッタという名の女神に出会ったのは、約一年と数ヶ月前、ちょうど秋風が吹く頃に開かれたルカの17歳の誕生パーティーであった。子爵令嬢という立場ながらも、グリディアード公爵が彼女を招待していたのだ。
ヴィオレッタは、ルカを視界の内に入れていなかったため、ルカが彼女を一方的に見かけた形となるが、それでもルカは彼女に一目惚れをしたのである。女には悪女だと笑われ、男には熱がこもった目で見られる。それなのに、堂々と胸を張り、
悩みに悩んだすえ、ルカは今世紀最大の勇気を出して、グリディアード公爵にヴィオレッタとの婚約を希望することを伝えたのであった。
「急に名を呼んだらキレるか……?」
ルカは気づいていない。彼女のことを既に「クソ女」と呼んでしまっていることに……。
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