第8話 遠ざかる距離
ヘティリガ皇城から無事に帰還したヴィオレッタは、ルクアーデ子爵邸に足を踏み入れる。
こうして見ると、随分と
「あ?」
「………………」
ヴィオレッタは一度開けた扉を閉めてしまった。何かよからぬものが視界を
ヴィオレッタは無理やり結論づけて、先程と同じ力の強さで扉を開け放つ。ただでさえ
「……なんであなたがここにいるのよ」
残念。見間違いではなかったようだ。ヴィオレッタは、驚愕の表情を浮かべながら、僅かに
扉の向こうに佇んでいたのは、なんとルカであった。その隣には、ヴィロードもいる。ヴィオレッタは、自分の縄張りを
「別に……なんでもいいだろ」
聞こえなくはないが、小さな声だ。毛穴のけの字も見えない白い頬に赤みがさす。目が合うだけで簡単に人を気絶させてしまうような、切れ長の瞳。
ルカはしっかりと顔を背けているものの、感じ取ることもできない小さな視線をヴィオレッタに送っていた。青と赤の対比の美を体現している彼女に見惚れてしまっているのだ。だが、知っての通りルカは、素直ではない。「綺麗だ。さすがは俺の婚約者だ」と彼女を褒めることもできないのだ。
照れるルカと不機嫌なヴィオレッタ。そしてその空気に呑まれそうになっている可哀想なヴィロード。ヴィロードはなんとかして、この重たい空気を入れ替えようと、乾いた口を開いた。
「おかえり、ヴィオレッタ」
「えぇ」
「皇帝陛下とお話はできたか?」
「できたわ」
ヴィロードはよかった、と
皇帝は、父の仇である先代皇帝を殺してくれたとは言え、公共の、それも凱旋パーティーという祝福の場を血で塗りたくった男でもある。そんな男に、大事な妹が呼び出されたともなれば、ヴィロードも気が気ではなかった。ヴィオレッタが無事に邸宅に帰って来たということが、何もなかったという証拠なのだが、ヴィロードは美しい妹が心配で仕方がないのだ。
一体なんの用事だったのか、と続けて問いかけようとしたその時、体全体に重圧がのしかかる。息をすることさえも苦しく、考えることさえもままならない。ヴィロードは以前にもこの重圧を感じたことがあった。
「おい、どういうことだ」
重圧の正体とは、ルカの殺気である。ヘティリガ帝国の繁栄と守護の心臓として名を馳せて来た《四騎士》。その高貴なる《四騎士》歴代の中でも、騎士王ルカは僅か18歳にして頂きに君臨するほどの力を誇るのだ。戦場で
ヴィロードと同様、ヴィオレッタも、震えこそしないものの、額に小粒の汗をかいている。
「答えろ、クソ女。皇帝に会ったのか?」
「……それが、何?あなたに関係ないでしょう」
「テメェ……。何考えてやがんだ」
「何を考えているかですって? 早くあなたがここから出て行ってくださらないかしらということを考えているわ」
売り言葉に買い言葉。暴言は止まらない。
ヴィオレッタの反抗に、ヴィロードは内心生きた心地がしていなかった。
「あぁ、いいこと教えてあげる。私、皇帝陛下から直々にお話し相手として任命を受けたの」
「………………」
「ちなみに給与ももらえるそうよ。あなたなんかと一緒にくだらない舞踏会やらパーティーやらに参加するより、ずっと有効な時間だわ」
ヴィオレッタはそう言いながら、髪飾りを取る。はらり、と落ちるのは、消えることのない炎で彩った髪。
ふたりの距離は、縮まるどころか、遠ざかる一方である。
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