第6話 皇帝とふたりきり
大きな窓から射し込む朝日。白く、黄金に光る日を存分に浴びながら、ヴィオレッタは準備に勤しんでいた。
「お嬢様。髪型はどうされますか?」
鏡越しにヴィオレッタを見つめるのは、ダークブロンズの髪を編み込んだ甘いクリーム色の瞳の美少女。小柄で気の弱そうに見える侍女であるが、どこか掴めない雰囲気もある。
彼女の名は、マナ。年齢はヴィオレッタと同じ19歳。ルクアーデ子爵家が公爵家であった頃から、ヴィオレッタに仕えていた
ヴィオレッタは、可愛らしいマナを見つめながら、優しく笑う。
「そうね。何かオススメはあるかしら」
「……皇帝陛下は、ロングヘアの女性がタイプで、風になびく美しい髪を好まれるそうですよ!」
「あら、そうなの。なら、髪がなびかないようまとめ上げてちょうだい」
「かしこまりました!」
お嬢様ならそう言うと思っていましたよ! と言わんばかりの元気な返事。ヴィオレッタは愛らしいマナを微笑ましく思った。
ところで、今日の髪型を決めるために、なぜ皇帝の好みの話が出てきたのだろうか。それは、ヴィオレッタが今から会いに行く人物に繋がるからであった。そう、ヴィオレッタは、ほかでもない皇帝に
きっかけは、数日前に届いた皇帝からの手紙。三つの頭を持つ黄金の鷹が描かれた封筒には、一枚の便箋が入っていた。そこには、皇城にてヴィオレッタを待つ、とだけ書かれていた。それも、皇帝が直々に書いたことを示すフルネームのサインと黄金の印付きで。日時などは明記されていなかったことから、好きな時間に訪ねていいのだろう。急な即位により多忙を極めているはずの皇帝であるが、日時を指定しないのは会う時間を強制的に作るということだろうか。ヴィオレッタは手紙が届いた数日後である今日に、皇城に向かうことにしたのだ。
「完成いたしました!」
「ありがとう」
「はわ〜……お嬢様……。今日もとってもお綺麗です!」
「ふふ、マナにそう言ってもらえて嬉しいわ」
美女の微笑みに、マナは両手で口元を押さえて感激する。どうやらマナは、ヴィオレッタのことを心から
ベロア素材の深い青色のドレス。金色の大きなリボンが細いウエストを際立たせている。艶やかなルージュ色の長髪は、見事なまでに編み込まれ、宝石をふんだんに使った髪飾りで止められている。青いドレスと赤い髪。相対的な色合いであるが、それがまたヴィオレッタの美しさを極めていた。
「さあ、そろそろ参りましょう」
「はい!」
ヴィオレッタは、椅子から立ち上がり、部屋をあとにする。射し込む光は、ヴィオレッタが座っていた椅子を静かに照らす。怪しげに伸びた影がゆらりと揺らいだような気がした。
ヴィオレッタを乗せた馬車が皇城に到着する。厳しい検問を突破し、皇城内へと入る。
一年に一、二回の
案内された宮の前で馬車から降りる。騎士が見張る巨大な扉が開かれた先、
「……………」
静寂が支配する中、時を刻む音だけが微かに聞こえてくる。
間違いなく、来客専用の宮の中でも最上級の客間。無限に広く、目がチカチカとしてしまうほどに
少しも
「随分と待たせたようだ」
ヴィオレッタは、皇帝のよく通る声にハッとして我に返り、立ち上がる。そして、少しの動揺も見せることなく、美しく挨拶をした。
「皇帝陛下に拝謁いたします。この度は、私を」
「かしこまった挨拶はよせ」
皇帝は、ヴィオレッタの声を容赦なく遮ると、ドカッと激しい音を立てて、ソファーに座った。
皇帝とふたりきりの客間。ヴィオレッタは、これほど息の詰まる思いをしたことはなかった。そもそも、皇帝が世界屈指の悪女と噂されるヴィオレッタとふたりきりになっていいのだろうか。もしかしたら、先程騒がしかったのは、そのことで揉めていたのかもしれない。
ヴィオレッタが
「俺はお前に会えて嬉しいぞ、ヴィオレッタ」
「ありがたきお言葉にございます、皇帝陛下」
少しの隙も見せず、かと言って壁を高くしすぎるわけでもなく、ちょうどいい親しみやすさを
「先日、先代皇帝陛下のお命を奪い去ってくださったこと、心よりお礼申し上げたい
エメラルドグリーンの双眸が見開く。ヴィオレッタは、恐ろしいほどの美貌で、ほくそ笑んだ。
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