見えない扉

風と空

第1話 それを開くかは貴方次第

「まぁた書いてる」


 須賀原家すがはらけ 三女 美恵みえ(17)が覗き込んでいるのは、リビングでドラマを見終わった長女 志帆しほ(26)の手元。


「あ!美恵見ないでよ!」


 顔を赤くしながら、手元にある手帳を隠す志帆。


「志帆姉ちゃんの趣味って知っているけどさ。何でドラマ見た後手帳に書くの?何?ファンレターでも書くの?」


 どうやら志帆の趣味が不思議な美恵。そこにお風呂上がりの次女 佳奈かな(19)がリビングに入ってきた。


「な〜にやってんの?あ、志帆姉また書いてんだ」


 冷蔵庫から牛乳を取り出す佳奈。手帳を素早く持ち、食洗機からコップを取り出す志帆。「直飲み禁止」と言って佳奈に渡す。


「え?佳奈姉は見たことあるの?コレ」


「ないない。だって手帳だよ。思いっきりプライベートじゃん」


 大人しくコップに牛乳を入れながら、まともな事を言う佳奈。腰に手を当て足を開きぐいっと一気飲みする。


「言ってる事はまともなのに、やってる事は子供だよねぇ。佳奈は」


「佳奈姉の『正しい牛乳の飲み方』だっけ?それも不思議だよね。普通に飲めばいいのに」


 二杯目に突入しようとしている佳奈は、頬を膨らませて「いーじゃん。こうやって飲まないとお風呂上がりって気がしないの」と拗ねている。


「まぁ、志帆姉ちゃんらしいというか。ブログやSNSじゃないところが内容気になるんだよねぇ」


 と話を戻す美恵。「私にも」とマグカップを差し出して佳奈に注いで貰っている。


「ヤバい内容?」


「ちゃんとした評価ですぅ!」


 佳奈のツッコミに応えるものの、詳しくは語らない志帆。ニヤニヤとあやしい目線を向ける美恵に矛先を向ける。


「美恵だって学校帰りに人様の換気扇から出てくる夕飯あてるの好きじゃない」


「あれね〜、語り合えないのが何でだろうね。面白いじゃん。その家の夕飯予想するのが。ま、正解聞きに押しかけるわけにはいかないからなぁ」


「通報案件だ。お巡りさんこの人です」


 美恵の何で理解してくれないかなぁ、という態度にツッコミを入れる佳奈。志帆の呆れた目線は佳奈にも向けられる。


「佳奈は面白いネタ集めだっけ?着眼点ずれてるけど」


「あ、この間の話?だって真っ当な趣味より個人的趣味が面白いじゃん!うわあ、分かりたくないけどわかるってモノ」


「あ〜『取れた耳垢をデッサンして記録に残す』ってヤツ?デッサンはわからないけど、いっぱい取れたら見せたくなるよねぇ」


 佳奈の話に乗る美恵。「…… まぁね」と頷きたくないけど同意してしまう志帆。


「他にもあったでしょ〜。『いろんなものに聴診器当てて聞く』とか『自分のエアーギターの撮影』とかプッと笑ったりやってみたいヤツ」


「あ、『裁判傍聴』はやってみたいかも」


「志帆姉ちゃん結構覚えてるじゃん。私は『食べ終わったみかんの皮を元通りにする』かなぁ。あれ地味に楽しそう」


 結局乗ってくる志帆に追随する美恵。須賀原家は面白いことが好きな家系なのである。面白そうなものなら買ってしまう父親の血を立派に継いでいるらしい。


「でもやっぱり観点違うよね。佳奈は」


「それが人の面白いとこじゃん。人生はネタだらけだよ」


「まさか19歳に人生を語られるとは…… 」


 苦笑いする志帆に満足気な佳奈。


「まぁ、他人の趣味嗜好って言う見えない扉は開いてみるとわからないところだらけだけどねぇ」


 上手い事を言ったという美恵の頭にチョップをする佳奈。


「みーちゃん美味しいとこ取りずるい。まぁでもわからない趣味って多いかなぁ。『地域ごとに異なるマンホールの蓋の撮影』とか『毎日、配達された朝刊の匂いを嗅いで品評する』とかね」


「あ、全部同じじゃないんだ」


「みーちゃんもそう思うでしょう?匂いはともかくマンホールは違うみたいだよ」


「私には佳奈も同類な気がするよ」


 志帆の言葉に「匂いは嗅がないよぉ」と笑い出す佳奈。マンホールは確かめるつもりらしい。怪しまれない事を願うばかりだ。


 須賀原家三人姉妹の夜は毎日賑やかに更けていく。


 志帆のドラマ評価を手帳に残すという趣味から始まったこの会話。三人の結論は「わからないのはそのままにしておこう」というもの。


 他人の趣味嗜好という見えない扉は当人が楽しんで居ればそれでいいのだ。


 開くかどうかは貴方次第。

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