テーブルミラーボールオパール

朝本箍

テーブルミラーボールオパール

 もう夜も更けて、大人数で押しかけたカラオケで案内されたのは、俗にパーティールームと呼ばれる大きな部屋だった。マイクとミュージック音量を調節しようと、適当に履歴で一番上に表示されていた曲を入力すれば曲の開始と同時に部屋の中を縦横無尽に赤や緑、青、白などカラフルな光が飛び回る。更にそれぞれが中央に設置されたミラーボールへ乱反射し、馬鹿みたいに輝きが拡散されていく。

 酔っ払い共の歓声が上がり、お試しのつもりだったのに野太い歌声、場を更に盛り上げようとする手拍子などで一気に部屋はその名の通りの空間へ変貌した。

 急なテンションの変化に、ついていけるほど酔っていなかったオレはため息をついて、光の発生源を探りながら近場のソファへ腰を下ろす。どうやら部屋の奥、一番大きなソファの陰にステージライトが設置されているらしい。これだけでも派手なのにまさかミラーボールまであるなんて。

 ステージライトの不規則な光を、ミラーボールがゆっくりと規則的に周囲へ拡散していき、様々な顔を色とりどりに染めていく。サークルの飲み会、その三次会で知らない顔はないはずなのに赤く染まった隣の男が誰なのか、わからない。

 無造作な黒髪の下にはサングラスのような濃色の眼鏡、顎に短く髭を蓄えた顔は端正な部類で、オレよりも余程歳上に見える。四年生だろうか、それでも紹介されていない先輩はいないはずなのに。

 男は視線を前に向け、煙草を咥えてからオレの方を振り向いて、


「火ぃ持ってる?」


 意外にも高めの声を発した。雰囲気とのギャップ、そして何よりも相手が誰なのかわからない戸惑いを隠しつつ、ポケットからライターを取り出すと、咥えたままの煙草を突き出す。キャバ嬢じゃねーんだけど、浮かんだ不満を視線に込めつつ、揉め事も面倒だからという理性に従って火を灯せば、


「あんがと。言ってみるもんだな」


 顔を背けてから煙を吐いた。馴染みの匂い、黒いリングピアスが緑色に光る。いつの間にか曲は変わり、歌声は恐らく同じバンドのボーカルになっていた。

 このまま、誰かわからないまま話を続けられるだろうか。曖昧に話を続けてからアンタ誰は気まずいし、かと言って初めてのサークル飲み会とはいえ、あなたのことを知りませんと宣言するのはなかなかに勇気が必要な行為だ。

 オレの葛藤を知ってか知らずか、男は、


「すげぇ光だよな。テーブルライトにミラーボールって」


 目が眩みそう、言葉通りに瞬きを増やしているのが眼鏡の横から見える。気づけば手元にはビールが置かれ、オレの前にも同じものが届いていた。


「馬鹿みたいに光ってますよね」


 もう少し酔った方がいいかもしれない。ビールを飲んでから応え、もう一度男を見つめてみる。カットソーにハーフパンツ、よくある服装、勿論名札をつけている訳はなく何も思い浮かばない。

 やや横柄な態度は気にかかるが、これがたまに話題へ上がる俺様というヤツなら、好む人もいるのだろう。顔も相まってサークルの女性が放ってはおかなそうだ。それにしてはオレと男へ注目する人はおらず、諸先輩方はカラオケに熱中している。

 そこまで考えてから、ひとつの可能性へと行き当たる。そうか、誰かの彼氏なのかもしれない。途中から合流してきたのならオレは間違いなく初めましてで、気に病む必要はないだろう。それならそうと言ってくれればいいのに、まず自己紹介からだろ。

 安堵してアルコールが回ってきたのか、急に顔が熱くなる。ペース早かったかな、途端に下りてきそうな瞼を擦っていると、


「オパールみたいにも見えねぇ? 部屋の中、遊色効果ってやつ。遊ぶ色って今みたいな感じだよな」


 男が少し顔をこちらへ近づけた。煙草は灰皿に押しつけられて、残り香だけが漂う。ちかい、三日月な薄い唇のすぐ下にも髭があることに気がついた。


「オパール……」


 頭が回らず印象的な言葉を繰り返す。何か入っていたのかと思うほど、急な眠気が思考をかき混ぜる。赤い光が目の端をかすめ、白い光が眩ませる。男の眼鏡が青く光った。


「宝石だよ。白っぽいのとか黒っぽいのとかあるけど、中で七色が燃える石」

「好きなんですか」


 ぐるぐる回る思考の回転を無理やり止めて、男を見ながら口を開くと、今度はしっかりと言葉になった。どうでもいい話題だと感じたのにここまで頑張ったのは男に対する負い目とか、そんなものかもしれないし違うかもしれない。何だかひっかかる、そんな気がするのは吸っていた煙草がオレと同じ、コンビニじゃ買えない銘柄だったからか。

 相変わらずの距離で男もオレを見つめる。少しだけ荒れた肌がわかり、途端親近感が増す。


「……好きだよ。今の光クンの髪みたいで」


 指差した先には二回ブリーチをしてプラチナに仕上げたオレの髪。赤と緑、青と光がその上で踊る。あれ、何で、オレの名前。

 眠気の限界が最悪のタイミングで訪れたが、疑問は辛うじて口から出たらしく、男は落ちていくオレの頭を支えながら、


「そりゃ見てたからじゃん」


 当たり前のように呟いていた。触れた温かさは手だけだったのか、それすら確かめられずに意識は眠りへ真っ逆さま、オパールの部屋がミラーボールと溶けていく。もう朝かーオールだな、先輩の声が遠い。

 目覚めた時には自分の部屋で、テーブルライトもミラーボールも、勿論男の姿もそこにはなかった。出かける時に片付けたはずの灰皿には煙草の吸殻が一本、隣には「森本望」、続けてメッセージアプリのIDらしきものが書かれたメモが添えてある。文字は少なくともオレよりは綺麗だった。

 さて、謎解きをしないと。オレは取りあえず買い置きのミネラルウォーターをあおりながらスマホを手に取り、メッセージアプリを起動する。朝の清々しい光が馬鹿みたいに眩しく部屋の中を照らしていた。

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