第8’話 私はキミを伝えたい


あっちへの報告はできないと悟った今、

この星のどこか近くに辿り着けたであろう皆と再開し、

時間圧延が効いていない灰色くんの事情を伝え、

今の地球の状態を共有したかった。

そしてここの住人である灰色くんに私たちの目的について説明すれば、その持ち前の地球知識でお役立ちな何かを教えてもらえるかも知れない。

糧は鮮度の良い内に無駄なく利用すべき──という訳で。


そうと決まれば腕のポケットに手を伸ばす。

本日何度目だろうか。

鬱陶しくふっくらとした鞄が視界の端から主張している。

すっかりとその重さと詰め込んだ思いを忘れていた。


私は三人のうちで返事の速さに定評のあるビストに通話をかけた。


「あ、あ、あ、ビストー?聞こえる?不具合無く着いた?調子はどう?」

「んぁー?今、道草眺めてたところだけど」

耳馴染みのある声と口調。地球に来れてたのね。ほっ。

どうもうっすらと聞こえる話し声に私は、

「え、三人とも居るじゃん!そろそろ皆に会いたいんだけどさぁ……」


ちょっと、ねぇ──

何分ぶりかの会話を繰り広げながら、私は視界の端の灰色くんへ向かって伝える。


「この星ではどういうところで人と人とが待ち合せるわけ?ほら、例えばキミが、友達と合うための場所をこの付近で決めるとしたらどういう場所を選ぶかな?」


私は灰色くんの目線に合わせて屈んで聞いた。

ここで “見ず知らずの世界に迷い込んだ哀れな部外者” ということを都合上、宣伝しておく。


顔が上がり、目と目がようやく合う。

「あぁ……と、駅前の喫茶店とかかな?」


キッサテンね。わーお、素敵な場所。そんなところを選ぶなんてセンスが良いですね。

私はまず、キッサテンとはどんな物に囲まれているのか、何を育むのを目的としたスペースなのか、なんのために存在するのか、ラノハクトにその文化を持ってきて──てのは言い過ぎだけれど、“空間”を知る必要があった。

灰色くんに説明してもらおうか。


「ふぅん、よくわかんないけど──。」

「あれ?誰かそこにいるの?」

ロロニの鋭い声が割り込む。

あ。

「あぁ!聞こえちゃってた?な、なんでもな──……」

「ん?」


そういえば私は灰色くんから教えて貰いたがっているのに、三人には灰色くんの存在の説明についてまるで考えていない。

勝手にいい感じになっていくと私の中の計画は真っ白。私はどう舵を切るべきか。運命の選択を背負う覚悟もなく……


「ちょっと地球人に挨拶をしたら返されたというか……なんというか。」

あーあ、焦って素直に言っちゃったよ。話しながらなんて考えられないよ。


「??それって大丈夫なの??ちょ、詳しく教えてよ」

「あ、会ってみる?」

ご対面を持ちかけてみる。通話でぎこちなく説明をするより分かりやすいんじゃないかって。


……さぁ、ここからどうしよ。


誰も見たことのない、自然体の一般地球人を紹介しようとしていることに、彼女たちは困惑しているよう。


まあ。そんな風に言われるのも無理はない。


どうしてだか話せるんだもん。

私だって一通り驚いたんだ。


というか謎多きこの建物に皆を呼ぶのは少々不安だ。地球という広大なアウェイの空間にやってきているので、現地ならではの“安全”で“快適”な待ち合わせ場所で待つべきだという至極真っ当な思考が私の頭にはあった。

今、私が取れる行動でそれが最善な……はず。


「よしよし大丈夫、地球人は怖くないぞ。それでキッサテンってとこに行くんだけれどさ、端末で私の位置情報をそっちに解放するから、道をたどって来てくれない?」


さらに私は灰色くんにキッサテンまで連れて行ってもらい、彼とのご対面を果たした皆の表情を脳内シミュレーションしていたので、どうしても誘いたかった。

答え合わせをしなくては。楽しみで仕方がない。


「……まぁいいけど、わかった……大丈夫かなこれ──」

ちょいと不本意のような返事だったけれど、何かを察して来てくれるみたいだ。

よし。やったね。

折角の出会いだ、知りたいことを色々教えてもらおうじゃないか。こんなことはもう二度と起きない奇跡だろう。


私は双方を困らせないよう、話したいことを頑張って飲み込んで、この通話を終えた。


瞬間、目が合う。


「今、私の友達と約束つけたからさ、ね?というわけで、そこまで案内してよ。」

「……。」

状況を飲み込めていないような感情がどんより伝わる。

どうにか今は言われた通りにしてくれると助かる。

私はこのテンションが下がりきる前にいち早くあの三人に会いたかった。


……。


この高所からの不思議な景色に見惚れながら彼の返答を待っている。


なんとも言い表しきれないけれど、建物それぞれが個性的だ。それらが群を成して細かな街並みを作り上げている。ラノハクトとは大違いで、そこでは感じられない胸が高鳴るような気品と不完全がある。なんて贅沢なんだ。あの星で何もなく生きていたとしたら……と考えるとゾッとする。


住み心地はどうだろう。

中で何をしているだろう。

管理が大変だろう。


見るはずのなかった一面の景色に虜になっていた。

今ここでは──


「あ、あのさ、ここの時間が止まっているのは君たちが何か関係しているの?」


ゔ。何と説明しようか。


「……それはあなたに教えていいか分からないの。」


地球の住み心地について思いを馳せていた私は適当に質問を潜り抜けた。

……本音ではある。


「じゃあ、君の名前は?」


待ち構えていたかのように私の名前を知りたがっている顔。


「ごめん、まずは私の友達と会って話し合わさせて。その成り行き次第でキミに教えられることがあるかもしれない」

さらりと尋ねられたのでうっかりと名を名乗るところだった。

危ない危ない……!


そうかぁ……話してないもんね。


できるだけ傷つけないよう言葉を選び、疑問を躱していく。本心としては教えたい。彼も納得はしてくれないだろうけれど、私も事情が複雑なのだ。

勿論、信用していない訳ではないのだが、私個人の判断でこちらの情報は教えることはできない……から。


ごめん。

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