第19話 サンダル
好みのサンダルを買った。
薄紫色に、控えめな花の飾りが可愛らしい。晃さんとのデートに履いて行きたいけど、その前に足に慣らしておきたい。
考えて、休みの日に少し散歩に出ることにした。
夕方に近い時間に出たけど、まだまだ暑い。近くの公園まで来て、ベンチに座った。暑いせいか、ほとんど人が居ない。ペットボトルの水を飲んで、しばらくぼんやりと景色を見ていた。
「……お姉さん」
「え?」
いつから居たのか、私の隣に中学生くらいの女の子が座っている。おさげ髪に、紺色のワンピース姿。彼女は、私の足元を見ていた。
「お姉さんのサンダル、可愛い……!」
目を輝かせている様子のその子の方が、可愛らしく見える。
「ありがとう」
そんな彼女を見ていて気付く。この子、裸足だ。
「裸足なの?靴は?」
女の子は途端に困ったような顔になる。
「うん……靴、用意してもらえなくて」
事情のある子なのかもしれない。それ以上は、何も言えなかった。
「あのね、忘れてただけなんだと思うんだけど、でもやっぱり、歩いて行けなくて」
よくよく見た女の子には、影が無い。夕焼けの色を吸い込めないその身体は、淡く透けている。それで理解出来てしまった。私は、彼女を見、自分のサンダルを見、息を吐き出す。
「私のサンダル、履いて行って良いよ」
女の子は目を丸くして、首をぶんぶん横に振る。
「そんなこと出来ません!お姉さんのサンダルです」
「ずっとここで待ってても、靴は手に入らないかもよ。長いことかかるかも」
言えば、彼女はしゅんと項垂れる。
「私は大丈夫だから、何も心配しないで」
バッグからハンカチとティッシュを出し、私はサンダルを脱ぐ。気休めだけど、一通りティッシュでサンダルを拭いた後、女の子に履かせる。履けるのか不安だったけど、杞憂だった。ちゃんと履けている。女の子はパッと立ち上がった。
「可愛い!ありがとうお姉さん!」
パッと抱き着かれ、驚いている内に直ぐ離れる。照れたように笑う女の子に、サンダルはよく似合っていた。
「うん、似合ってる」
「えへへ……久しぶりにちゃんと歩いたな。歩いて行けるかな」
「大丈夫。そんなに似合うサンダルを履いているんだから。自信持って」
「うん!ありがとうお姉さん!さよなら」
女の子は最初、何度も振り向いて手を振りながら、公園の奥の遊歩道の方へ歩いて行く。最後には楽しそうに、駆け出していた。その姿はある場所を境に、ふわりと消え去る。それを最後まで見てから、私は大きく息を吐き出した。
これからどうしようか。もう辺りは薄暗いが、地面はまだ全然熱い。歩けそうに無かった。
私は唸りながら、晃さんに電話してみる。あまりこういう自業自得なことで、晃さんに頼りたくないのだけれど。
“何やってんだ、菫”
説明した後、呆れながら言われた台詞は、まあ予想通り。
「分かってます……すみません……」
“直ぐ行くから。火傷しないようにしてろ”
「……ありがとうございます」
“俺に連絡してきたのは百点な。こんなことで連絡したくねーとか思ってたんだろ、どうせ”
「え、何で」
電話の向こうで、晃さんが可笑しそうに笑う。
“伊達に菫の相棒も恋人もやってねぇから。舐めてもらっちゃ困るぜ?”
「……舐めてません」
“そりゃ結構”
笑う晃さんとの電話を切って、また息を吐き出す。
敵わない。本当に。
いくらもしない内に、晃さんは公園に来てくれた。薄紫色のビーチサンダルを手に。
「その辺で適当に買ってきた」
履かせてくれようとするのを、あわてて止める。足に触れる暖かい手に、ドキッとした。
「自分で履きます」
「ダメ。罰ですー。黙って履かされてろ。後、新しいサンダル買いに行こうぜ。気に入って買ったやつだったんだろ?」
「えっ、それはその。困ります」
「何で」
「だって……デートで履いて晃さんに見せたかったサンダルだったから、」
言ってしまってから、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。晃さんは目を丸くして、手で顔を覆う。
「マジでどこまで可愛いんだ俺の恋人……」
「またそんなこと言って、」
大袈裟過ぎる。晃さんは顔から手を取ると、私の頭をポンと撫でた。
「じゃあ今回は、菫の気に入ったってサンダル見られるの、楽しみに待っておくかな。でももう、他所様にやるなよ。自分のもんなんだから」
「……分かりました」
優しい目でそう言われ、私は素直に頷いた。
「つーか、ビーチサンダル履いてる菫も可愛いんだよな」
「真顔で何言ってるんですか……嬉しいですけど」
ベンチから立ち上がった私の手は、自然と晃さんに取られる。
「アイス食いながら帰ろうぜ。アイスデートアイスデート」
楽しそうに笑う晃さんに、私もつられて笑ってしまった。
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