第17話 バレンタインデート
「へぇ、こんな洒落たカフェ、あったんだな」
「私も、チラシ見るまで分かりませんでした」
今日はバレンタインデー。
菫は、バレンタインの限定メニューを出しているカフェへと榊を誘ったのだ。バレンタイン向けにであろう、赤とチョコ色なブラウンを基調に装飾された店内は、華やかである。中は、既に何組もの客でいっぱいだ。席に着くと、早速榊がメニューを手に取る。
「バレンタインパフェ、フォンダンショコラ、チョコケーキ……イベントメニューだけど、みんな美味そうだな。見た目も華やかなの多いし」
「そうですね。どれにしようか、悩んじゃいます」
同じくメニューを眺め始めた菫を、榊は頬杖をつき、優しい目で見つめている。
「……何ですか?」
「菫が今日も可愛いなって」
菫は途端に顔を真っ赤にし、メニューで顔を隠してしまう。
「こら、隠すな」
軽々とメニューをどかし、榊は声を出して笑った。少し身を乗り出し、榊は指先で髪を梳き、頬を撫でる。
「可愛い菫の顔、見せてほしいんだけど?」
「よくそんなことさらっと言えますね……」
「菫にしか言わねぇよ」
菫は顔を赤くしたまま、榊の指に自分の指を絡ませて握る。
「メニュー決まるまで、このままです。じっとしててください」
「喜んで。むしろゆっくり決めてくれよ」
榊は指を絡ませる力を強めながら、菫とメニューとを見比べる。
「晃さんは、メニュー決まったんですか?」
「決まったよ」
あっけらかんと言う榊に、菫は目を丸くする。
「何にするんですか?」
「バレンタイン・チョコケーキ」
「ハートのチョコの飾りと金箔が、綺麗なケーキですね」
菫がメニューを見て、表情を綻ばせる。
「じゃあ、私はバレンタイン・スイートパフェにします」
「お、それも豪勢で良いな」
注文した後は、思ったより早くケーキもパフェも届いた。赤いハート型のチョコの飾り、金箔が散らされたチョコケーキに、赤やピンク色のハート型のチョコとマカロンに、濃厚そうなブラウニー、チョコムースにアイスなどが入った豪勢なパフェ。この二品と紅茶、コーヒーがテーブルに来ると、一気に華やかになった。
「見ろよ、写真以上に美味そうじゃん!」
菫は複雑そうな顔で、ケーキと榊を見比べる。
「晃さん……ケーキ来るまで手繋いでましたけど、メニュー決めたら離して貰って良かったんですよ」
「何で?俺はいつでも、菫と手繋ぎたいけど」
菫は恥ずかしそうに、でも呆れたような目で恋人を見やる。
「良いじゃん。ほれ、あーん」
目の前に一口大にされたケーキが乗ったフォークを持って来られ、菫は思わず口を開けてしまう。口に入ったチョコケーキは、甘過ぎず、でも濃厚なチョコを感じる。
「美味しい!」
「ん。美味いな」
榊は菫が見て、また笑い出す。
「目、すげー輝かせてるぞ。よっぽど美味いのか」
「そっそんなですか!?」
慌てる菫に、榊はもう一口チョコケーキを食べさせる。まだ菫が味わっている最中、榊は身を乗り出す。顎をくいと持ち上げて、菫の口の端に付いたチョコクリームをぺろりと舐め取った。
「なっ、晃さん、」
「そんな無邪気で可愛い顔されると、食べたくなるんだよ」
にやっと笑う榊に、菫はまた真っ赤になる。
「意地悪っ」
「そうだなー。意地悪ついでに、俺にもパフェ食べさせて」
「……いいですよ」
直ぐ頷く菫に、榊はまた笑う。パフェ用のスプーンに、菫はチョコムースと生クリームを乗せる。
「あーんしてください」
「ん、」
口に入れると、榊はパッと笑顔になる。
「パフェも良いな。美味い」
菫も一口食べ、笑みが浮かんだ。
「本当に!ベリーのソースが入ってるの、今気付きました。よく合ってます」
「そのベリーのソースのとこもちょーだい」
「どうぞ」
菫のスプーンから、満足げに口にする榊を、菫はじっと見つめる。
「何よ」
「あの、そういう顔、私以外には見せないでくださいね」
呆気に取られたような様子の榊へと、今度は菫が身を乗り出す。甘い、チョコとベリーが、一瞬榊の唇を塞ぐ。菫が口付けて離れたと気付いたのは一瞬なのに、榊は時間がゆっくりに感じた。
「……晃さんの全部、私が独り占めです」
呟いて、菫はアイスを掬い始める。榊は顔を手で覆った後、溜息をついた。
「どこで覚えてくんの?そういうの」
「知りません」
菫は面白くなさそうな顔の榊を見、くすくすと笑い出す。
「菫が可愛すぎて余裕無くなっちまうよ〜」
榊が言いながら、再びケーキを差し出す。菫は素直に食べる。自分の手から、目を輝かせて美味しそうに食べる菫を見る内、榊は胸の内が暖かくなってきた。
「ありがとな、菫。最高のバレンタインだよ、今年も」
「どういたしまして。晃さんに喜んでもらえて嬉しいです」
お返しのパフェを食べさせてもらい、榊も屈託なく笑った。
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