第14話 ナイトプール
まだ昼間の熱気がほんのり残る夜。
青を中心として、様々な色の光でライトアップされたプールやプールサイドは、まだまだ人々が行き交っている。
「菫、良いか?絶っ対離れるなよ?パーカーは脱ぐな」
「晃さん……それもう二十回くらい言ってません?」
「何回言っても足りねぇだろ。退屈させねぇし抱えてやるから、何か買う時も一緒に並べよ」
「並ぶくらい出来ますよ!心配し過ぎです」
榊は溜め息をつくと、白く細い菫の腰を抱いて、引き寄せる。
「ひゃっ」
不意に熱い手が触れて、菫はプールサイドで素っ頓狂な声を上げた。
「ほら。こんな可愛い隙だらけの
耳に口を寄せて囁かれ、菫は何も言い返せない。
菫と榊は、白水市のナイトプールに来ていた。榊が福引でペアチケットを当てたのだ。大小合わせて十種類以上のプールに、ウォータースライダーもあり、ライトアップも煌びやかで雰囲気も良い。
今夜の菫は、榊が選んだオフショルダーの白い水着に、ブラウンのショートパンツ、淡い紫色のパーカーを着ている。榊の目には一段と菫が可憐に映り、あまり直視出来ていない。榊も、菫が選んだ深緑の水着に黒いパーカー姿。普段見ることの無い恋人の引き締まった身体を見せつけられ、菫も中々平常心を保てないでいる。
「着て欲しい水着を選んだ俺が悪かった……誰にも見せたくねぇ。すげー似合ってるし、可愛い」
「何言ってるんですか……嬉しいですけど。晃さんも似合ってますよ。安心しました」
菫は少し背伸びして、榊の耳へ囁く。
「ドキドキしてますし、格好良いです」
「俺の恋人がこんなに可愛い!」
「ちょっと!声大きいです」
菫は榊のパーカーの裾を引っ張り、恥ずかしさで俯いた。
「夜限定のカクテルとかもあるんですね。ノンアルコールみたいですし、飲んでみたいです」
「後で店行くか。お、今日は無さそうだけど、ショーもやってるのか。力入ってんなー」
ナイトプール自体初めて来た菫は、榊と並んでほとんど人の居ないプールの縁に座り、パンフレットを見ながら足を水に遊ばせる。光の当たる夜色の水に、白く透き通るような菫の肌が映え、榊は目を奪われた。水と菫の境が曖昧になって行くように見えて、思わず恋人を抱き寄せる。一瞬、狂った菫の足が水飛沫を上げた。
「晃さん?」
「中には入るなよ。夜の水辺とか抜きに、俺が水に妬いちまいそうだから」
「何ですかそれ」
言いながらも、菫は水から足を出す。夜の水辺は、人ならぬモノが寄りやすい。菫の体質的には危険だった。
「でも、わがまま聞いて貰ってすみません。せっかく当てたものですし、晃さんと楽しい思い出作りたいので」
パンフレットをパーカーのポケットにしまい、菫は榊を見上げた。青い光に照らされた彼は、いつもと違う場所で見ているせいか、抗い難い色気をその身から滲ませている。いつもは触れない肌同士が密着し、生まれる熱が心地良い。
「謝るな。せっかく生きてんだ、何でも経験してみるもんだぜ」
榊は菫の頬を撫でると、そのまま彼女を横抱きにし、プールサイドのベンチへ移動する。榊は座りながら、にやっと笑って菫を見た。
「何見たんだ」
「う。……プールの中、大勢の子どもの足だけ泳いでました」
「俺はクロールの腕だけ見えた。遠泳って感じで熱心なもんだったよ」
「霊、ももちろん居ますけど、プールの記憶って感じですね。やっぱり利用者がたくさんいますし」
菫と榊は顔を見合わせ、同時に噴き出した。
「俺たちナイトプール向いて無さすぎだろ」
「雰囲気は楽しいです。晃さんと一緒ですし」
榊は菫を抱える手に力を込める。ライトの煌めきも賑やかな喧騒も、急に遠ざかったように菫は感じた。
「あの、私もう普通に座りますよ」
「ダメ。可愛すぎて離してやれない。ーーパーカー脱いで」
優しい声で強請られ、菫はパーカーを脱ぐ。いつもより露出の多い白い肌が夏の夜気に触れるのを見、榊は密やかな場所に咲く花を見ているような気持ちになった。胸が一杯になる。
「晃さん、」
恥じらうように身体を隠そうとする菫の両手を片手で封じて、榊は菫の胸元に口付け、花を咲かせる。プール独特の水の匂いに溶け合う菫の香り、うっすら濡れた柔らかな肌。榊は一瞬、我を忘れた。
「んっ、」
「綺麗だ、菫。威力やべーけど、この水着選んで良かった」
菫の瞳を覗き込む榊の目は澄んでいるのに熱く、菫は目を離せない。吸い込まれるように見つめる。
「愛してます、晃さん」
ふわりと自然に、菫の口から言葉が、想いと共に溢れた。榊は柔らかく笑んで、菫の艷やかな唇を指でなぞる。
「俺もだ、菫。愛してる」
榊が菫の唇をそっと塞ぐ。水の音も、人々の喧騒も、遂に一切聞こえなくなる。次第に深くなる口付けに何度も呑まれ、濡れた夜の中で菫はしばらく、榊の腕に閉じ込められたままになった。
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