第23話
スメラギは無言で死神をうながし、事務所の外へと出た。
「ふたりきりにさせて。どこまでもお前はおっせかいだな」
「5分でいいんだ。5分たったら、宮内小夜子を連れていっていい」
事務所のとびらを閉めて、スメラギと死神は時が過ぎるのをただ待っていた。
スメラギはわざと時計をみないようにしていた。ほんとうに5分だけ待つつもりなんかではなかった。小夜子の気がすむまで、柏木との思い出話をさせておけばいい。死神にあの世に連れていかれたら小夜子は……
ブルルルルルルルルルルルーーーー
スメラギのケータイが震えた。事務所からの転送電話だ。
「ふたりをみててくれ」
そう死神に言い残し、スメラギは事務所前を後にした。
表家業の迷いネコ探しの依頼を受け、数分後に事務所に戻ってくると、事務所のドアは開いたまま、中にいるはずの美月と吉田の姿はなく、死神も消え失せていた。
*
小夜子と吉田が姿を消して3日が過ぎた。
スメラギに黙って消えたのだから連絡など望むべくもなく、ふたりの行く先など、見当もつかない。柏木孝雄と過ごした思い出の地でもたずねているだろうかと、生前の行いのすべてを記録した鬼籍データベースをあたるが、鳥を求めて海に入るようなもので、手がかりのての字もない。
小夜子と吉田に逃げられたと知り、夜摩は笑い転げ、死神はこうなるだろうとおもったと言った。
「死んで幽鬼になってまで待ち続けた男にやっと会えたンや。ちょっと話して、『ほな、さいなら』なんて言うて、素直に死神について地獄へくるわけないやン」
地獄の閻魔王室に、夜摩の野太い笑い声が響き渡り、真っ赤な天井から下がる水晶のシャンデリアが揺れて綺羅綺羅しい光を放った。
「“会うだけ”が、“話すだけ”になり、あと5分がもう5分、もう10分、1年が10年と、人間の望むところにきりはない。最初から、男にあわせるべきじゃなかったな」
黒いスーツに黒いタイ、葬儀屋のような格好でソファーにくつろぐ死神は、黒革のソファーに溶け込んでしまっていた。布のように白い顔だけが浮き上がって、まるで生首を置いたかのようだ。
死神の意味するところなら、スメラギにもわかっている。欲望に抑えはきかない。だからこそ、人は死んで幽鬼となってまで、その望みを叶えようとする。
かつての恋人の生まれ変わりと会ったら何が起きるかをある程度予想しておきながらも、それでもスメラギは、小夜子を吉田に会わせたかった。小夜子のためをおもって、というよりは、スメラギ自身の思いが強く働いていた。吉田に会わせてやらなければ後悔する―小夜子のあの世での行く末を知っているスメラギだけに、どうしても小夜子を吉田に会わせてやりたかった。
「無理心中しとったりしてな。『今度こそ、あの世で結ばれましょう』なんて言うてな。心中なんかしたりしたら即地獄行き、人間にも生まれ変われんのになあ」
「縁起でもないこと言うなよ」
「ええやん。いっそ死んでくれたら、死に場所がわかって死神が迎えに行けるんやから」
夜摩の笑い声に頭上のシャンデリアが揺れ、光の矢がスメラギの目を刺した。心中して死ぬのは美月の肉体であって、とっくに死んでいる小夜子は無傷のままだ。
「美月が死ぬようなことがあったら、死神、お前を一生恨んでやるからな」
「言ってろ」
「ふたりをみててくれって言っただろ。なんで、あの時、事務所を離れたんだっ」
「岡田伊蔵の幽鬼の回収の召集がかかった。恨むなら岡田伊蔵を恨むんだな」
その時、スメラギのケータイが鳴った。着信には「美月」とあった。
メールは吉田からだった。
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