第21話
「美月っ!」
「奥に事務所がありますからそちらへ!」
スメラギと吉田に抱えられ、事務所に運び込まれた美月はソファーのうえに寝かされた。
「救急車をっ」
「いや、いいっ!」
スメラギの強い調子に、吉田は取り上げかけた受話器をおろさざるを得なかった。
「いいんだ」
スメラギは素早く、しかし注意深く美月の体を調べた。弱いものの脈はあり、呼吸はしている。生きてはいると確認して、スメラギは思わず大きなため息をもらしていた。
「さっき、“美月”と呼んでましたけど、美月さんというんですか、この人」
「……」
「知り合い、ですか」
「ああ」
「倒れる直前に、“小夜子です”って、言ってましたけど」
「…聞き間違えじゃないのか」
「いいえ、確かに“小夜子です、覚えていませんか?”って」
やはり思ったとおり、小夜子は吉田の柏木としての記憶を取り戻そうとしていた。あれほど前世の記憶があるなどと期待するなと言っておいたのに。スメラギは心のうちで舌打ちした。
「端正な顔立ちですけど、男、ですよね?」
「役者、なんだ」
スメラギはとっさに嘘をついた。前世だの、霊がのりうつっているだのと説明したところで、吉田を混乱させるだけでしかない。
「倒れたのも、演技ですか」
「……」
「心配してかけつけてきた、あなたまで演技していたっていうんですか」
「……」
「本当のことを言ったらどうだ」
一部始終を黙ってみていた死神が口を開いた。
「信じるもんか」
死神の姿がみえない吉田には、スメラギの独り言と聞こえただろう。
霊が見えると言っても、周りの誰もがスメラギを信じはしなかった。嘘をついているとなじられ、幼心にスメラギは傷ついた。スメラギにしてみれば、見えるものは見えるので、嘘などついてはいない。見えてないという方が嘘をついて自分を騙しているのではないか。
嘘つきだとののしられる幼いスメラギに、母は、人の前では「見える」ことは言ってはいけないと言い聞かせた。「見える」ものは「見える」のに、嘘などついていないのに、と、唇をかみしめながら、スメラギは母の言いつけに従った。
「見えない」人間に何をどう言ったところで、しょせん人は、自分の目にうつるもの以外を見はしないし、信じもしないのだ。
美月の体に小夜子の霊がのりうつっていると言ったところで吉田が信じるものか。小夜子が前世での恋人で、吉田は小夜子の恋人、柏木孝雄の生まれ変わりなのだと言ったところで、そんな話を誰が信じるものか。
知らず知らずのうち、スメラギは激しく頭を横にふっていた。
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