第8話 日直ノスタルジー

 月日は流れ、ほたるは小学四年生になっていた。もう二学期。秋めいた昼休みは、暖かい日差しと涼しい風が合わさって心地よい。


「ほたる、今日一緒に帰ろ!」

「ほたるっち、放課後ウチに来ない? 一緒にクッキー作ろーよ」

「うん!」

 鉄棒でスカート周りをしてから、かっこよく着地しようとしたけれど、キュロットが手に巻き付いて、どしんっと地面へ尻もちをついてしまった。


「いてて」

「ほたるはどんくさいねぇ」

 ボーイッシュでクールで運動神経抜群の、同じクラスのさなえちゃんが呆れる。

 近くの硬い土を木の枝で掘っていた二組のももちゃんが「そういえば、ほたるっちのクッキーって、全部丸くなるよね。いろんな型で抜いてるのに」と笑う。


 気がつけば、ぼっちに悩んでいた一年生は遠い昔だった。あれから友達も沢山できた。特に、同じ一組の笹塚さなえちゃんと二組の萩原ももちゃんとは、ずっと仲がいい。二人とも、一年生の頃、同じクラスで、最初に話しかけてくれた女子だ。


 キーンコーンカーンコーン

「あ、予鈴」

「うわ~、二組次算数だよぉ」と、ももちゃんが顔をしかめる。

「ご愁傷様~」

 なむなむと、手を合わせるさなえちゃんを真似て、ほたるもなむなむした。

「ああ神よ、この薄情な二人に天罰を下したまえ」

 ももちゃんが呪いをかけている。

 ぼっちの頃は永遠だった昼休みが、今は一瞬で終わってしまう。


「いっそげー」

 校庭の中央でサッカーをしていた篤たちが、ボールを蹴りながら駆け戻って来る。


「ほたる、今日日直なの覚えてる?」

 すれ違い様に篤が言って、ほたるは「あっ」と声を上げた。

「忘れてた!」

「ずっとオレが黒板消してたから、日誌はほたるな」

 篤がにっと笑って、ほたるの頭をぽんと叩いて走り去っていく。


「ええ~」

 ほたるの不満に篤は手をひらひらさせた。

「まったく~」

 最近の篤は小学生の元気でやんちゃな男子そのものだ。前はもっと優等生で上品な男子だったのに。それでいて、相変わらず頭がいいのも納得がいかない。


「ごめん、あたし日直だから一緒には帰れなかった。クッキー作りも行けたら行くね」とほたるが手を合わせると、ももちゃんがにやにやする。

「いいなぁ、ほたるっちは」


「何が?」

「か、れ、し」


「はあ~~~??」

途端に顔がぼっと熱くなって「ぜんっぜん違うから」と両手をぶんぶん振り回す。


「もう照れちゃってぇ」と、ももちゃんはにんまり。

「本当に違うってば。篤はただの幼馴染みっていうか、親同士が仲良しなだけで」


「いいなぁ、篤君と幼馴染みなんて。篤君運動できて勉強できて、かっこよくて、みんなに優しいから、二組の恋バナでも絶対名前上がるもんねぇ。でも、ほたるっちのだから、あたしは諦めるよ」


「最近の篤はぜんっぜん優しくないよ。さっきだってあたしに日誌押し付けて」

 ちっちっち、わかってないなぁ。と、ももちゃん。

「篤君がちょっかい出すのは、ほたるっちだけ。つまり、ほたるっちはト・ク・ベ・ツ」


「だからぁ」

「はいはい。うちらも急がないと五時間目に遅れるよ」

 冷静なさなえちゃんがさっさと先を行くので「待ってー」と、ほたるもあとに続く。

 下駄箱で上履きに履き替えている時、さなえちゃんが「でもさ」とほたるに言った。

「うまく言えないんだけどさ、篤君となあなあな関係のままにはしない方がいい気がする。篤君、モテるのは事実だから」


 年の離れたお姉さんがいるせいか、さなえちゃんは、時々大人びたことを言う。その意味がわかるようでわからない。さなえちゃんのこういう名言みたいなの、かっこいいなぁと、ほたるは感心する。

 あたしもドライに「なあなあな関係」とか言ってみたい。

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