142作品目

Nora

01話

「お母さん、あたしのピクルス知らない?」

「は~」

「ん? どうしたの?」


 知らない人間というわけでもないんだからそんな反応をされても困る、あたしはこの人の娘だ。


「あんたでっかくなったねぇ」

「昨日今日で急に伸びたわけじゃないけど」

「こうして並ぶと毎回言いたくなるんだよ、昔はあんなに小さかったのにってね」


 求めていたわけでもないが特に嫌というわけでもないから気にしていない。

 身長は百七十三センチとなっている、こう言っている母だって百六十五はあるのだから変な反応だ。


「あ、それよりピクルスは?」

「洗ってあそこに干してあるよ」

「そういえばそうだった、ありがと」


 大切な相棒が見つかればそれでいい、やりたいこともやり終えたからさっさと制服に着替えて家を出た。

 学校まではそれなりに距離があるからゆっくりとはしていられない、でも、相棒がいなくなって慌てていた形になる。


「おはようございます桒原くわはらさん」

「おはようございます」


 担任の鯉田みさと先生はいつもこうして校門のところで生徒に挨拶をしている。

 それ以外の仕事だってあるだろうにいいのかどうかと聞いたことがあるが、自分がしたいからしているとのことだった。


「ふぅ」

「桒原さんおはよー」

「うん、おはよ」

「今日は一時間目から体育だね」

「体を動かす方が好きだからありがたいよ、こうして座っていると疲れるからね」


 背が高い人間に合わせて高い机と高い椅子というわけではない、みんな同じだから少し窮屈だ。

 でも、別に学校が悪いわけではないからどうしようもないことだと片づけている。


「桒原さんと同じチームがいいなぁ」

「背が高くても運動能力が高いわけじゃないから」

「ううん、だっていてくれるだけで心強いもん」


 と言われてもいま口にした通り大したことはない、それどころか周りの子よりも劣っているぐらい。

 背が高くてもそれを活かせていなければ意味がないんだ、だから部活に誘われても全て断っていた。

 協力しながらやるのが好きではないのがある、なんて、こんなんだとどこでもやっていけないわけだが。

 SHRはすぐに終わって着替えて出ることになった、ま、迷惑をかけないように頑張るかと内で呟きつつ体育館へ。

 冬というわけではないから冷えに冷えているというわけでもなくて特に乱れたりはしなかった。


「痛っ……なによこの壁……って、桒原か」

「いや、真正面から突っ込んできたよね」


 毎日必ずというわけではないが彼女はいつもこうだ、何故かあたしの胸目がけて突撃してくる。

 痛いわけではないからいいものの、用があるなら普通に話しかけてもらいたいところだった。


「だってわざとだし、なんかあんたにはこうしたくなるのよ」

「S属性なのかもね」

「別にそういうわけじゃないけどね」


 教科担当の先生が来たことによって中断、授業中は物理的に攻撃されるなんてこともなくて平和だった。

 みんなあたしよりも上手くできていて少しへこんだりもしたが言い争いになったとかではないからまあそう悪い時間ではなかったと思う。


「そういえば桒原に協力してもらいたいことがあったのよ」

「あたしにできることならするけど」


 男装をして彼氏のふりをしてくれ~とかかな、いやでも実際に昔のあたしが同性から頼まれたことがあるから変な妄想とはならない。


「今日の放課後に少し付き合ってちょうだい、なにをするかは移動してから話すわ」

「こ、怖いこととか痛いこととかはやめてよ?」

「そんなことにはならないわよ、ただ一緒に出かけようとしているだけ」


 あとはあまり遅い時間にならないように願っておこう。

 こんな身長のくせに暗いところが苦手なんだ、泣くほどではないがびくびくとする羽目になる。


「あれ、珍しいですねこんなところでぼうっとしているなんて」

「はっ、こんなことをしている場合ではありませんでしたっ、桒原さん教えてくれてありがとうございました」

「え、あ、別に教えたわけじゃないですが……はい」

「それではこれでっ、お互いに頑張りましょうっ」


 先生はふわふわしているくせに動くときはしゃきぱきしているから見ていて面白い……ようなそうではないようなという感じだった。

 あの人が慌てているとなんか心配になる、生徒のくせになにを言っているのかと指摘されてしまうようなことだがこればかりは仕方がない。


「鯉田先生ってあんなに早く動けるのね、その点あんたはのそのそしているわよね」

「スポーツ選手ってすごいよね、あたしより大きいのにさっきの先生よりも早いんだから」

「ま、意識して頑張っているかどうかの違いなんじゃないの? あんたもいまから部活に入ったら変わるわよ」

「入る気にはならないかな、とりあえず放課後まで頑張ろう」

「そうね、なにも気にせずに楽しむためにはやらなければならないことをちゃんとやらないとね」


 意識をしてそうしているというのもあるだろうが先生が先生に怒られているところを見たことがないから大丈夫だということにしておこう。

 それにやっぱり気にしなければならないのは自分のことだった。




「やっぱりこうなったかぁ……」


 や、出かけること自体は特に問題もなくできたがこうして暗い中帰ることになると影響を受けるわけで……。

 でも、足を止めている限りは帰ることができないから歩いていた、ちなみにあの子は既に友達と帰った。

 最初から二人きりじゃなかったんだ、ま、友達の友達がいて気まずいなんてこともないから気にならなかったかな。

 それよりもだ、外だから関係ないが完全下校時刻の十九時になっても家にいないというのは……。

 都会というわけじゃないからどこでも明るいというわけではないし、すぐに人もいなくなる、つまり一人でいる時間がどうしたってできてくるわけ。


「く、桒原さん……?」

「ぎゃあ!? ……って、鯉田先生か、驚かせないでください」

「別に後ろから話しかけたわけではないんですけどね……」


 学校前を歩いているときに敷地内から先生が出てきただけだ、だから大袈裟に驚いたあたしが悪い。

 それでも謝罪をするのも違うから頭を下げて、


「合っているかどうかは分かりませんがお仕事お疲れ様です、偉そうですかね」


 と言っておいた。

 お疲れ様は大人が子どもに対して言えることで年下が年上にい言うのは違う的な話をどこかで聞いたことがあったが頑張っていますねなどよりはいいと思う。


「いえ、ありがとうございます。それより早く帰らないと危ないですよ、なにか用事があるということなら仕方がありませんが」

「いま帰っているところです」

「それなら私もいいですか?」

「はい、大丈夫ですよ」


 先生は小さいから心配になる、性別的にも一人にさせたくない。

 もっとも、こうして一緒に過ごせることは滅多にないからなにかをできるというわけではないのが残念だ。

 生徒同士だったらもっと気軽に誘えて多分向こう的にも気軽に受け入れられた、嫌われるような人間ではないからきっとそうだったはずだ。

 こうして一緒にいられても友達ではないから意味がない、それに所詮はあの学校に通っている生徒の一人というだけでしかない。


「なにか気になることとかありませんか?」

「気になること……いえ、特には」


 仲良くとまではいかなくても普通にやることができている、あたし的にはそれで十分だ。

 なにか遠慮をしているというわけでもない、そもそも性格的に遠慮なんかはできやしない。


「そうですか。でも、困ったらすぐに言ってくださいね、私はあなた達の担任ですからね」

「ありがとうございます、それなら鯉田先生も――」

「あ、私はこっちなので、気を付けて帰ってくださいね」

「あ、はい」


 学校から近いのかな、だけどここで別れただけで上の方まで歩いたりするかもしれないから分からないままか。

 なにもなければそれでいい、でも、変にこうして一緒に行動ができた分残りは寂しさを感じつつ歩く羽目になった。


「ただいま」

「おかえり、暗いところが苦手な人がこんな時間までなにをしていたの?」

「友達と遊びに行っていたんだ、ちょっと部屋で休憩するね」

「もうご飯はできているから先に食べてからね」

「はーい」


 結局、ご飯を食べたうえにお風呂に入ってから戻ってきた。

 歯も磨いてきたし、特になにかやりたいことがあるわけではないから電気も点けずにベッドに寝転がる、複雑な気持ちをどこかにやるために役立ってくれる場所だ。


「かな! こんなに早い時間から部屋にこもってどうしたんだ!?」

「あ、ピクルス持ってきてくれたんだ、ありがとお父さん」


 最高のベッドと最高の相棒、この二つがあればなんとかなるか。

 少なくとも翌日に持ち込んだりはしない、なにかが起きたらその日の内に片づけるのが常のことだ。


「おう! って、そうじゃなくて、なにかあったのか?」

「うーん、暗い中帰ることになったから落ち着かないだけだよ、心配してくれてありがと」

「そうか、とにかくゆっくり休んでくれ」


 自分が早めに部屋に戻ってしまった分、今日父とは話せないと思っていたから来てくれたのも嬉しかった。

 やめよう、あたしはマイナス思考をする人間ではない。

 電気を点けて椅子に座って本を読み始めた。

 堅苦しい文章の物は無理でずっとライトノベルばかりを読んでいる。

 誰かが作った物語は見ていて楽しめる、こういう世界だったらな~なんて妄想をしたりもする。

 だけどいま気になるのは教師を好きになってしまったこの子の物語だ。

 色々と言い訳をしたりしながらも頑張ってアピールをしていく主人公が格好いい。

 身長は低いという設定なのに色々なことが大きくてあたしにはない強さがあるのだなと、ま、創作ということで作られたキャラなわけだから普通なのかもしれないが。


「教師に恋か」


 なんて、余計なことを考えていないで集中しよう。

 せっかくお金を出して購入したのだから適当に読んではもったいなかった。




「なんか今日は冷えるわねー、あ、ここに丁度いい私専用のエアコンがあるわ」

「もう六月になるのに冷えるの? あと、あたしを抱きしめても変わらないよ」


 というか仲良くもない相手のことをよく抱きしめられるなというところ、例え同性でも出会って二ヶ月ぐらいでできることではないと思うが。


「いやいや、あんたって体温が高いからぶつかりたくなったり抱き着きたくなったりするのよね、あとはこの胸がいいのよ」

「身長に比べて小さいと思うけど」

「いやいや、あんたのこれで小さいなら私のなんてないというレベルになってしまうじゃない」


 決してそんなことはない、気にしているからそう見えるだけだ。

 あとあたしははと胸だというのが影響して違うように見えるだけで所謂貧乳というやつだ、下着なんかで盛ったりもしているつもりはないが多分裸を見たらがっかりすると思う。

 そこまでではないだろうから延々にそのときはこないだろうけどね、寧ろ積極的に見たがったら怖くて逃げる。

 同性から逃げるような人生にはしたくないから彼女がそうならないように願っておこう。


「そういえば鯉田先生のことだけど鯉田先生って百五十二センチぐらいよね」

「さあ、分からないかな」


 基本的にはあたしよりも低い子ばかりだから細かいところは分からない、男の子で自分よりも大きい子だったらここにも外にもいるが。

 でか女とかありがちなことを言われたことはあったものの、別になにかで不利になるというわけではないから最初にも言ったように気にしていなかった。

 だけど多分それは拘っていないからだ、色々なことに拘りだしたらそれだけ引っかかることも出てくるはずだった。


「私が五十五で鯉田先生の方が低いから多分それぐらいだと思うのよ、でも、確実というわけじゃないから今日聞いてみるわ」

「いつ? 担任の先生でも全然いられないけど」

「そりゃあんた放課後に乗り込むに決まっているじゃない」


 職員室の雰囲気は好きではないから頑張ってと言って廊下へ、教室前とかではなく向こうの校舎にまで移動してそのまま座った。

 はぁ、あの子はすぐに距離を縮めてきて困る、抱き着かれている間とかなんとかそこから意識をどこかにやろうと頑張らなければいけないのもあれだ。

 ただ、桒原ってあたしのところに来てくれるのは嬉しいことだと言えた、だからこその難しさというやつがあるのだ。


「やば、予鈴だ」


 慌てて戻って次の授業に必要な物を出す、しかし意識を持っていかれていて授業に集中することができなかった。

 いやでも放課後に会ってどうするのって話、あの子だって身長を確かめるためにそうしようとしているだけだからきっとすぐに解散になる。

 あたし達の想像以上にお仕事がある可能性もあるし、こうやって考えることすら迷惑になるかもしれない。


「さあほら行くわよ桒原」

「あ、あたしは遠慮――」

「れっつごーよ!」


 どうしてこうなった……って彼女はいつもこうか。

 きっと怒られるまでは同じようにやろうとする、一緒にいると巻き込まれるかもしれない。

 だというのに、腕を掴まれているとはいえ簡単に逃げることができるのにそれをしようとする自分がいなかった。

 雑に逃げようとした結果、彼女が怪我をしてしまったら嫌だからだ。


「失礼します、鯉田先生はいますか」


 SHRの際に教室にいたわけだからそのときに聞いておけばよかったと後悔した自分もいたがこうしてここに来てしまっている時点で意味はないからやめる。


「どうしましたか?」

「わざわざ出てきてもらってすみません、だけど鯉田先生の身長がどうしても気になってしまってお弁当も全部食べられませんでした」


 うん、嫌いな物を入れた彼女のお母さんに文句を言いつつも残していたから全てが嘘というわけでもない。


「私の身長は百五十三センチですよ」

「教えてくれてありがとうございますっ、これでやっと桒原もお弁当を奇麗に最後まで食べられます」


 あたしはちゃんと食べた、例え嫌いな食べ物が入れられていても作ってもらった物ならちゃんと食べる。

 それぐらいの常識はある、だからって残した彼女が悪いなどと言うつもりもない。

 マイナス思考をしないし、無駄に波風を立てない生き方をしているのだ。


「え、桒原さんが気にしていたんですか?」

「はいっ、だけど身長が大きいくせにこういうことすら聞けない臆病者なんですよ」

「ふふ、体重のこと以外なら遠慮をしないで聞いてください」

「ありがとうございます、それではこれで失礼します」

「はい、気を付けて帰ってくださいね」


 長くすると邪魔になるからとただ歩いていただけなのに「怒ってんの?」と聞いてきたから足を止めて首を振る、こんなことで怒るわけがない。

 あとはそこまで外れていないというのも影響している、迷惑をかけたくないとか邪魔をしたくないとかそうやって守っているだけの面もあるからだ。

 でも、正当化して自分の欲求通りに動こうとする人間よりはましだろう、自分がこういう人間でよかった。


「ちょっと調子に乗っちゃったからなにか奢ってあげるわ」

「それならあの棒でよろしく」

「え、棒のお菓子っていっぱいあるじゃない」

「あ、そっか、じゃああのお安いやつで」

「はは、なに遠慮をしてんのよ」


 遠慮ではない、これぐらいにしておかないと駄目なんだ。

 というか自分が食べたい物ぐらい自分で買うよ、奢ったり奢られたりが当たり前なんかではない。


「はい」

「ありがとう、はいお金」

「これぐらいいいわよ。でもま、たまには悪くないかもね」

「うん」


 安価で美味しい、色々なバリエーションがあるのも面白い。


「ねえ桒原、鯉田先生と話すときってちょっとドキドキしない?」

「え、もしかして恋……とか?」

「え、これってそうなの? 私は単純に大人と話すときはよくなるってだけなんだけど……」


 なら敢えて鯉田先生と出した理由はとなるが……。

 ま、まあ、どうしたって歳が離れた特に仲良くない人と話しかけなければならないときや話しかけられたときはなにも影響を受けないままで終わることは少ないか。


「あー、だけど分かるよ、別に悪いことをしていなくてもなんか緊張する」

「そうよね、だから優しい鯉田先生で慣れるのもいいかもしれないわね」

「うーん、それだったらまずは先輩の友達を作って一緒に過ごしてみるのはどう?」

「えぇ、歳が近い方がやりにくいのよね……」


 そこは自由だから、うん。

 先程みたいに巻き込んだりしてくれなければ犯罪行為以外は気にせずにやってくれればよかった。

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