第13話 公爵の闇②
急にデルバート様が笑いだした。
「冗談だ。私とて、王国に戦を持ち込む気はないよ」
そう、ですよねぇ。
さすがにそんな事は公爵と言えども、やらないですよね。
「安心しました。一時はどうなるかと……」
「あっ、でも、第二王子の事は絶対に許さないよ」
……なんだか、完全に話が第二王子の粛清になっているけど……。
「だけどね。私は一つ、大きな過ちをしてしまったんだ」
さっきからずっと過ちを聞いている気がするけど。
「ウォーカー家にフェリシアを嫁がせることを打診してしまったんだよ」
……ん?
意味が分からない。
どうして、フェリシラ様を?
しかも、たかが男爵家なんかに……。
普通ではありえない話だ。
「どうして……」
「決まっているじゃないか。先のない妹に結婚をさせてやりたかった。好きな男と少しでも時間を過ごしてほしかった……」
それって……。
まさか、本当にフェリシラ様が僕のことを……
「打診は正式なものだ。男爵のことだ。この話は断らないだろう。だとしたら……」
フェリシラ様がベイドと?
ダメだ。
絶対にダメだ。
あんなヤツにフェリシラ様を触らせてなるものか!!
「今からでも撤回は出来ないんですか?」
「君も貴族だったのなら、分かるだろ?」
……そんな。
フェリシラ様があの下衆と……
「というのは冗談だ」
へ?
どういう……こと?
からかわれたって事?
さすがに気分のいいものではないな。
「デルバート様。さすがに言って良いことと悪いことがあると思いますけど」
「おっと……君を怒らせてしまったね。やりすぎた、申し訳ない」
だけど、冗談でよかった……。
「ちなみに打診は本当だ。冗談なのは君に嫁がせるみたいに言った部分だ。打診は君が出ていってからだからね」
そこ、一番冗談で言っていい場所じゃない!
僕にとって、最悪な話しか残ってないじゃん!
え?
本当に結婚しちゃうの?
ベイドと?
絶対に嫌だ。
なんとしても……。
「はっはっはっ。君は面白いね」
全然、嬉しくないんだが……
でも分からない。
どうして、ウォーカー家なんだ?
他にも家があるだろうに……。
「君は鍛冶師貴族をどう評価しているかな?」
急にそんなことを言われてもな……。
名工が跡を継ぎ、連綿と王に対して武具を献上する……。
少なくとも、王国の武具の歴史においては我が家が全てに携わっている。
「武具の発展に大きく貢献しているかと」
「ふむ。悪くない答えだ。だが、武具とは何だ?」
ん?
当然、殺しの道具であり、身を守るための道具だ。
それ以上も以下でもない。
「戦争の道具です」
「その通りだ。国王も常にウォーカー家に実践的な武器の製造を頼んできた。それはどういう事かな?」
……ウォーカー家が王国の戦力の一端を担っているということだろうか?
ウォーカー家の技術発展はすなわち王国の国力が増す……。
「分かってきたかな? ウォーカー家はたしかに男爵だ。地位は低い。しかし、存在は王国内では無視できないほど、大きい。それを理解してもらいたい」
そうだったのか……。
だったら……。
「分かってきた顔だな。そう……しかし、今は手付かずの脅威だ。私はそれを手にするためにフェリシラを差し出すのだ」
話は分かる。
これも貴族間の争いの一つなのだろう。
でも……納得できない。
「どうして、フェリシラ様なのですか?」
「こう言っては何だが、婚約破棄された娘でなければ、この話は出来なかった」
ウォーカー家が男爵だからか。
降嫁するにしても、公爵のメンツは守らなければならない。
傷物となってしまったフェリシラ様はうってつけだった訳か。
「だとしても……デルバート様はフェリシア様を大切に思っていたのではないのですか? それをまるで……物みたいに」
「それを言われると辛いね。だけどね……これは復讐なんだよ。第二王子を懲らしめるための布石なんだ。私は言ったはずだよ。なんでもするって……妹も先は長くはない、それが本望だろう」
なんて、恐ろしい人なんだ。
愛する家族に対しても、ここまで冷徹になれるなんて……。
僕は初めて、デルバート様の裏の顔を覗き込んだような気がした。
僕が何を言っても、もはや何も通じないだろう。
ウォーカー家という財産を独り占めするためならば、デルバート様は愛する妹を売ろうとしている。
全ては妹を酷い目に合わせた第二王子への復讐のために……
「……全て、フェリシラ様はご存知なのですか?」
「いや……フェリシラは君と会うまでは感情を一切出さず、声も出さなかったから」
そうだったのか……
僕には何もすることが出来ない。
「最後に聞いてもいいですか? なぜ、僕にこの話を聞かせたのですか?」
デルバート様が僕に伝える必要性が全く無いからだ。
それこそ、勝手にやればいい。
僕だって、知らなければ心が痛むこともなかった。
「それは……」
その時だったんだ……。
全てが大きく変わった瞬間だった。
「お嬢様、いけません!! すぐにお部屋にお戻り下さい」
「ここにお兄様がいるのでしょ? 開けてちょうだい」
小さな声だが、たしかに聞こえる。
扉の外から、フェリシラ様の声が……
「いけません。旦那様より誰も入れるな、と」
「お願い。私、お兄様に伝えたいことがあるの」
「フェリシラ……」
デルバート様は意を決したように扉を開けた。
「お兄様!! 私……どうして、ライルが?」
「ああ、実はフェリシラのことをすべて話した。彼にはその資格があると思ったから」
僕はこの時、どうすればいいんだろうか?
歩み寄る?
だけど、二人の間に入れるほど、僕は大きな存在ではない。
本当に小さな存在なんだ。
「……そう。全部話したのね。それでもいい。私は前に進むの。公爵家の娘として……」
「フェリシラ……」
彼女の声は掠れていて、うまく発音も出来ていない。
だけど、彼女の熱意だけはものすごく伝わってきた。
「私、治療を受けるわ!! 絶対に治してみせる!」
「ほ、本当か!? よく、決心してくれた!! よぉし、祝だ!! 皆を再び集めよ!」
さっきまでのシリアスな雰囲気はどこにいった?
フェリシラ様と目が合った。
痛々しい包帯姿で、松葉杖でようやく体を支えている状態だった。
それでも……昔、好きだった彼女と同じ、とても力強い瞳をしていた。
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【★あとがき★】
フェリシラの治療が始まる。ライルとの間に進展はあるのか?
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