第10話 公爵家への招待
久しぶりに足を踏み入れた公爵家。
「どこも変わっていないんだな」
懐かしさが心に染み渡っていく。
あの噴水は……
二度と思い出したくもない記憶が鮮明に思い起こされる。
ある少女に僕は初恋をした。
僕は奉公が終わる日に思いを伝えたんだ。
たった8歳の子供だ。
恋愛なんて何も分からない。
だけど、すごく好きで……。
「……」
彼女が返してくれた言葉は今も思い出せない。
何を言ったんだろうか?
だけど、その直後に同じ奉公人にすごくバカにされた。
男爵の分際で……とか。
生意気なやつ……とか。
とにかく、そのまま僕は実家へと戻った。
それ以来、ここには近づいていない。
たとえ、子飼いの家柄とは言え、当主でなければ、おいそれとは近づけない場所だ。
「おや? 懐かしいのかな?」
「ええ……いや、はい。つい最近のように思い出せます」
デルバート様はつかず離れずの微妙な距離を保ったまま、前を進む。
「あの……」
「なにかな?」
「デルバート様に一つ、聞いてもいいでしょうか?」
僕はどうしても気になっていたんだ。
どうして、僕の作品が最優秀に選ばれたのか。
大会の趣旨からすれば、僕の作品は……
「昔のようにお兄さんと呼んではくれないのかな?」
へ?
この人はまだ、こんなことを。
「いえ、流石に……デルバート様は昔とは違いますので」
「ほう。どう違うのかな? 君が私をよく理解しているみたいで嬉しいよ」
近い……。
「そうではなくて。立場が……今は当主様ですから。僕は今や、ウォーカー家の者でもないですし」
「ふむ……そういうことか。領主はね、ある程度領民に命令をすることが出来るんだ。知っているかい?」
なんか、すごく回りくどい言い方だな。
僕だって、一応は貴族だったんだ。
領主は領民に対して、徴兵だって出来るんだ。
「もちろん」
「だったら、命じよう。私をお兄さんと呼べ、とね」
なんて命令権の使い方なんだ。
こんなふざけた領主がいるのか?
「いや、さすがに……」
「それは領主への反逆かな?」
なんなんだ、この人は。
どうして、昔からお兄さんと呼ばれたがるんだ!!
「おっと、あまり苛めてはあの子に叱られる。まぁ、その内、嫌でも私をお兄さんと呼ぶことになるだろう」
僕は絶対に屈するつもりはないぞ。
お兄さんなんて、絶対に呼ぶものか。
「それで? なにか、聞きたかったのだろ?」
さすがです。
こんなふざけた会話をしても、ちゃんと覚えているだなんて。
「なぜ、僕の剣が最優秀に選ばれたのですか?」
「その話か……いや、なんでもない」
なんだろう?
僕の質問が気に障ったのかな?
もしかして、聞いてはいけなかった?
すこし、デルバート様の顔が陰ったような感じがしたな。
「剣を貸してもらえるかな?」
僕はアリーシャから剣を受け取った。
「どうぞ」
「やっぱり、素晴らしいな」
ん?
「こんな剣は久しく見たことがない。まさに国宝級と言ってもいいくらいだ」
まさか……。
あの武具屋にそんな名品が隠されていたとは。
しかも、廃棄寸前の場所に置かれていたんだぞ。
信じられないな。
「分からないのか? この凄さが」
どうだろう?
確かにいい出来だとは思ったけど……
「ふむ……どうやら、君には詳しく聞かなければならないことがありそうだな」
怖い……。
時々見せる、この人の目がとっても怖い。
「まぁ、そういうことだ。国宝級の物を出されて、最優秀を与えなかったらコンテストの品格が疑われるだろう?」
まぁ、そうだけど……
でも、もう一つわからないことが。
「どうして、皆、首を傾げていたんですか? この剣に変なところなんて……」
「分からないのかな? こんな地方のコンテストに国宝級の剣が出展されているなんて信じられないだろ? 皆、疑心暗鬼になっていたのさ。当然、私もね」
そうだったのか……。
自分で言うのも何だけど、確かに国宝級の剣を触ったら、疑問に思うかも。
ここにある訳がないって。
しかも、一から作ったものではなく、店で買ったもの……
「疑問は以上かな?」
「はい。ありがとうございます」
「ふむ……」
まただ。
どうして、顔が陰るのだろうか?
「それで? 彼女は君の……これか?」
小指を立てて、何のつもりだ?
……。
「いや、全然違いますよ。妹みたいなもので……街中を歩いていた時に保護したんです。もしかして、ダメなんですか?」
考えてみたら、子供をさらっているように見えなくもない。
もしかして、犯罪者になったりしないよね?
「問題はない。獣人には、この国の法律は適用されないからな。それにしても、キレイなお嬢さんを見つけたものだね。これこそ、国宝級だよ?」
何を言っているんだ?
でも、デルバート様の瞳からはベイドのような下衆な印象はない。
どこまでも優しさに溢れるような……。
なんか、昔も見た気がするな。
そう……僕が好きだった子を見つめるときも、デルバート様はこんな目をしていた。
「でも街中ではあまり扱いではありませんでした」
「それはそうだよ。それが国策だからね。まぁ、ここにいる時は別に気にしなくていいから」
僕は自然と頭を下げた。
本当に領主様なんだな。
それもとてもいい領主だ……。
「アリーシャ。だそうだよ」
「うん!! じゃあ、遊んでくるね」
折角、領主の許可が出たんだ。
アリーシャにも公爵家の庭で思いっきり遊ばせてやろう。
「流石だな。ライル君。ここまで自由にされるとは思わなかったな」
「へ? まさか、反逆罪?」
「はっはっはっ。やっぱり、君は面白いな。まぁ、それはさておき。夕飯を一緒にどうだい? もちろん、獣人の子も私の客としてもてなそう」
反逆罪をさておかれてしまった……
夕飯か……この招待はちょっと危険な香りがする。
避けたほうがいいかもしれな……なん、だと?
これは強制だ。
僕の同意なんて必要がない。
しっかりと肩を捕まれ、逃げることも出来ずに屋敷に連れて行かれてしまった。
「安心し給え。獣人の娘は執事にでも迎えに行かせよう。さあ、入り給え」
僕はアリーシャの心配なんてしていない!
僕の心配をしているんだぁ!!
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