空に描く see your again
久路市恵
由という名
私はどこか知らない街を彷徨っていた。
ずっと、ずっと……。
人混みの中、なにを求めて、なにを探して歩いているのだろう。
歩きすぎてお腹が空いた。喉も乾いた。コンビニを見つけたら何か買おう。だけど、こんなに大勢の人が行き交う街なのにコンビニが見あたらない。
それにしても、私のバッグはどこ、財布が入っていたバッグを持ってた筈なのにどこかに置いて来たのかな。
ふと足元を見ると白い豆柴がいる。そういえば駅の改札口からずっと私に着いて来ていたような気がする。その豆柴は私を見上げてなにか言いたげだ。
「はふはふ はふはふ」
息をきらしながら笑っている。そう見える。犬も笑うんだ。
「どうしたの、飼い主さんと離れ離れになったのかな。ごめんね。私、先を急いでいるからあなたの飼い主さんを探してあげられないのあっちへ行きなさい」
私はどうやら先を急いでいるようだ。そのくせ、行き先は決まっていない、
多くの人が行き交ってる道でやっと見つけたコンビニは電気が消えて真っ暗で閉店しているようだった。
「潰れたのかな。他のコンビニ探さなきゃ」
ため息が出る。
「すみません。どなたか、この辺でコンビニのある所を知りませんか」
大勢の人が私の横を通り過ぎて行くのに、誰も私に振り向いてくれない。すると、そのうち一人の男の人が立ち止まって私のことを見た。
「コンビニなんてあるわけないじゃん」
冷たい目をしてぶっきら棒に言った。
「えっ……どういうことですか、あの……」
男の人は「ぷん」っと怒ってさっさと先へ行ってしまった。
「あの……」
どうして怒ったんだろう。しばらくその男の人の背中を見続けていたら、
「ワン!」
と鳴き声がして下を見ると、さっきの豆柴が私を見上げている。
「白い豆柴さん、私ね。あなたと遊んでる暇なんてないんだってば」
その子はずっと尻尾をふりふりして、足元から離れない。可愛い顔してる。腰を下ろして頭を撫でた。
「ごめんね。私、暇を持て余しているように見えるかも知れないけれど行かなきゃいけない
かわいい目をして私を見上げているけれど、急がなきゃって焦ってる。
その時、肩を引っ張られた気がしたから振り返って見たけど、そこには誰もいなかった。誰ひとりとして私の事なんて気にも留めない。
人の流れは川のように続いている。なぜか私は
だけど……。ここはどこなんだろう。
初めて訪れる街、初めて見る景色、新鮮な空気が美味しい、空気を吸って美味しいなんて思ったのは初めてだ。
あれ?身体が……重い、急にどうしちゃったの足が動かなくなった。どこかで休まなきゃ。
曇った空を見上げて、ちょっとひと休み、今まで、ちっとも休もうなんて思った事などないのに、
「ワン!」
「あっ!びっくりした。あなた、まだいたの、いい加減、お家に帰りなさい」
下を向いて豆柴に声をかけてたら
豆柴が足元でぴょんぴょんと跳ねてるけれど、とりあえず座らなきゃと思った。
「心配してくれてるの、ありがと、でも大丈夫よ。少し休めば良くなると思うから」
どこか座れるところを探す。草むらに枯れた丸太の木を見つけた。
設置されている物なのか、ただそこにある物なのか、捨てられた物なのか、わからないけれど、私はそれに座って自分のいる場所を見渡した。いつの間にか長閑な田園地帯にいる。
目の前には
「きれいだな」
街も消えて、川の流れのような人々もすっかり居なくなった。
だけど、また一人置いてけぼりになった。
いつも取り残される。
そして、ひとりぼっち。
急に眠気に襲われる。瞼が重くなって、身体が重くなって、足が動かなくなって、どうしちゃったんだろう。
「ワン!」
私の身体はびくっと弾む、
「君の飼い主さん、きっと君のこと探してるよ。もしかして、お腹空いてるのかな。私も空いてるんだけど、なにも持ってないの、お金もどこかに置いて来たみたいなんだ。ごめんね。今ね。すごく疲れて眠くなっちゃった」
私が話しかけているのに豆柴は何処かへ走って行った。
しばらくぼーっと景色を眺める。ただぼーっとしていたら、
「大丈夫?」
と男の子、まだ少年のようだ。この顔すごく好みでかっこいい……。こんなに身体が辛いのに私はなにを考えてるの、恥ずかしい、
「大丈夫……じゃないかもです。もしかしてあの豆柴のワンちゃんがあなたを呼んで……きてくれたの」
ほっとしたら、目の前が真っ暗になった。
目を覚ますと、天井が見えた。
「ワン!」
枕元に豆柴の可愛い顔がある。豆柴はすぐにベッドから飛び降りて部屋のドアから出て行ったと思ったらすぐに戻って来た。
「目覚めたかな。よかった。さすがママのお見立て」
男の人と女の人が寝てる私の顔を覗き込む、
「だから、大丈夫って言ったでしょ」
「ママは素晴らしいお医者さんだ」
「当たり前でしょ。パパ」
パパとママって呼び合ってる。
仲の良い夫婦なのかな。
「私を助けてくれたんですか、ありがとうございます」
「貴女、ちゃんとご飯食べてる?それ貧血よ。貧血を舐めたらいかんぜよ!なんてね。ご飯できてるから一緒に食べましょ」
ママと呼ばれている女の人がパパと呼ばれる男の人と仲良く腕を組んで、私をほっといて部屋を出て行った。
私はベッドの掛け布団の匂いを嗅いだ。男の子の匂いがする。
ベッドから起き上がると豆柴が顔を見上げる。
「ついてこい」って言ってる気がした。廊下を歩いてリビングへ入るとキッチン横のダイニングテーブルには和風料理が沢山並んでいる。わぁ美味しいそう。
「さあ、遠慮なく召し上がれ」
パパと呼ばれる人が手を差し伸べ「どうぞ」と言って進めてくれた。椅子に座って、
「いただきます」と手を合わせて、肉じゃがのお肉を口の中に入れるとほっぺが落ちそうになった。
「美味しい、美味しいです」
ママと思われる女の人に向かって微笑むと、
「作ったのはパパなのよ。私じゃないの、パパ、美味しいって」
「はい!お口に合って良かった」
てっきりママと呼ばれる女の人が作ったと思って、ママと呼ばれる女の人に向かって微笑んだら、パパと呼ばれている男の人が嬉しそうに自分の顔を指さしている。
「僕、僕が作ったの」
と嬉しそうだ。
「すみません。てっきりママ様の手料理かと思っちゃった」
「うちはね。パパが主夫をして私が外で働いてるのよ」
「そう、僕はどちらかというとお家で待ってる奥さんタイプ」
「そうなんですね。このワンちゃんが私のためにお二人を呼んで助けてくれたんですね。ありがとうございました」
「えっ?違うわよ息子、息子が貴女を抱きかかえて連れて来たのよ」
「ママ!違うでしょ。ご近所さんの息子さん」
パパさんと呼ばれる男の人が慌ててママさんと呼ばれる女の人の言葉を遮った。
「あゝ、そうだったわ、そう、そう、隣の
ものすごく大袈裟に言った。どうしてそんなに大きな声で言うんだろう。
「で、僕が主夫なのです」
パパと呼ばれている男の人は頬を引き攣らせながら微笑んだ。
「遠慮はしないでいっぱい食べて、わーちゃん、食台にフードあるから食べて、で、僕の事はパパ、ママの事はママって呼んでね」
「はい」
パパはリビングのソファに座ってこっちをみている豆柴のわーちゃんに手を振ると、わーちゃんは尻尾をぶんぶんと激しく振った。
「ワン、ワン、ワン」
「言葉、通じてるのかな」
「そうよ。通じてるの、すっごい賢い子なの、ねっ!わーちゃん」
「ワン!」
ママは豆柴のわーちゃんに嬉しそうに近づいて抱っこした。
「この子がいるから、頑張れるのよ。ところで貴女の名前はなんていうの」
私の名前……。箸を置いて考える。
「どうしたの、名前、わからないの」
パパさんは心配そうに私の顔を覗き込む、
「はい……」
どうして思い出せないのだろう。
「だったら、
「うん、ゆうちゃん!いい名前だね。ママ、で、どんな字書くの」
「漢字いる?」
「いるでしょう。ねっ!わーちゃん」
「ワン!」
「で、どんな字」
「そうね。自由の由ってどう?自由に翔け!の
リビングにはわーちゃんを中心に幸せそうな三人家族が私のことをみている。
私には
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