第166話 人間らしさ




「チキュウ……。そう、か。やはりそうだったか」




地球の事と、俺の身に起きた出来事をざっと説明した。

すると、アシュバルは少し考える様な素振りを見せたが、なにやら何かに納得をした様でもあった。


「地球を知ってたのか?」


何となくでしかないが、アシュバルって他の鬼人よりも知的だし物知りっぽい雰囲気なんだよな。

真竜を喰らい魔覚を得たんだとしても、知能までもが上がるとは思えないんだが……って、いや、逆なのか。

元々、鬼人族の中で飛び抜けて優秀な個体で、だからこそ真竜に認められる程にまで成長出来たのだろう。

そう考えた方が自然だ。


「いいや、チキュウって言葉自体は初めて聞いた。だが、使徒と呼ばれる者の事は知っていたからな。俺は神の国だなんて信じちゃいないんだが……いや、いなかったんだが、フジミヤの話とコイツで見せて貰った限り、神の国だと言われるのも納得だ」


今迄、テモアンやセインスなんかには言葉での説明しか出来なかったが、今はスマホがあるからな。

どんな世界なのかを説明するのも大分楽になった。


だがまぁ。


「神の国ってのは大袈裟過ぎるけどな。今見せてやったのは32世紀……あ~『今』の地球の姿だ。1500年前程なら、この、今のダニアと大差無い。魔法が存在しないってだけで」


デュラル星系、第五惑星=ダニア。

この異世界の惑星名。


「なるほど……。だが、こちらの世界よりも常に、数歩先を行く文明度だったって事なんだろうな。だから使徒が現れる度に変革だのが齎された、と。で、フジミヤの強さ、それはナノマシンとやらのお陰な訳か。人工精霊と言ってたが……」


「ま、それに関しちゃ、俺も最近はちと疑問に思ってる。もしかしたら人工なんかじゃ無く、本当に精霊の可能性も有るんじゃないか、ってな。竜は神の如き存在だって言ってたよな。それで実在するんだとも。だったら、精霊ってのも本当に存在するのか?あんたなら精霊の居場所を知ってたりはしないのか?」


本物の精霊ってヤツに会うことが出来れば、もしかしたらその真相が判明するかもしれないからな。


「……そうか。残念だが精霊の事については俺も良く知らない。知りたいなら妖人族に聞いてみると良い」


「確かにそうか。……っと、話が逸れたが、見て貰った通りコイツは、恐らくは鍵なんだ。そして、この里のアチコチに、生活の中にもアレコレ、物だったり言葉だったり風習だったり、俺の故郷と共通するものが複数在る。それらは俺より遥か昔の、この里へ訪れた転移者が遺したものなんだろう。それで、この鍵もだ。で、何か心当たりはないのか?箱とか扉とか」


鍵が在るって事は、対になる何かが在るはずだ。


「心当たりか。箱や扉……いや、そういったものに心当たりは無いんだが……ひとつ、気になる事なら有る。しかし……」


何だよ?

急に考え込んじまったな。


「何だよ?鬼人族の秘密で言えない事なのか?」


「いや、そういう訳じゃ無い。只、記憶が曖昧でな。俺が気になったのはとある御伽噺なんだが……なんせ聞いたのはガキの頃の事だ。それも、突拍子も無い様な内容だったと思うんだが……」


また御伽噺か……。

普通なら鼻で笑ってしまいそうな根拠だが……現にこうして、スマートキーが見付かった訳だからな。

そうなると、逆に信憑性が増すってものだ。


謎の転移者、そいつが考え、遺した御伽噺であれば、スマートキーに関わる何かも御伽噺として遺っていても不思議じゃ無い。


にしても……不便なものだな。


アシュバルにもIDが有れば、忘れてしまった記憶を掘り起こすなんて簡単な事なのに。

……まぁ、もしアシュバルがIDなんか得てしまったら、俺じゃ逆立ちしたって勝てなくなるかもしれないが。

IDが有ったら、誰でも俺並に魔法を使えるようになる訳で。


って、ほんと、精霊の加護そのものって感じがするよな。


と言っても、心配する事でも無いか。

舞が意図的に作り出さない限り、独立したAIはこっちの異世界じゃ舞だけしか存在しない訳で。

それならIDをこっちの現地人が手に入れたとしても、舞に、つまり俺には逆らえないんだからな。

逆に、全てを俺の意のままに操る事なら可能だが。


こんな……俺の言い方や考え方次第では、とんでもない悪者っつーか、まるで魔王の企みみたいなもんだよな。


地球に帰る為とは言え……俺は来週、この里の鬼人達に、それら真実を告げずにNOSTを飲ませようとしてるんだから。


……アレだな、俺にそんな気は一切無いが……俺の気分一つで操ってしまう事が無い様に、何かしらのルールを設けて、誓約と制約を自分に課すべきだろう。


俺は我儘だ。


地球に帰る為には、手段を選ばないつもりだから。

だけど、その為以外の事については、何でもして良いとは思っていない。


真実を伏して事を運ぶのは不誠実極まりないが……せめてそれでも、可能な限りは誠実でいたいと思う。

紛うこと無き、自己都合を優先した欺瞞ぎまんであり我儘。


誠実とは真逆で、俺は責任の所在を曖昧にしようとしたり、その為にアレコレと布石を打ったりもするし……それはダブルスタンダードだとも言える。


でも、俺の持論じゃダブスタは悪じゃないからな。


判断基準の線引きを明確にして、その引いたラインを動かさない事の方が重要だと思ってる。


世間じゃダブスタそのものが、まるで悪かの如く言われていたりもするが、ダブスタ自体が悪なんて事は有り得ない。

状況に応じて判断を変えるなんて当然の事でもあるし、判断の際に、ちょっとした要因から決断に揺らぎが出てしまうのは、人として当然の事だろうとも思うからだ。


ダブスタを完全に悪と断ずるのならば、揺らぎがあって当然の、人というもの、そのものをも否定する事に繋がってしまう。

人そのものや人としての性質を否定したところで、メリットなんて何も無いだろうと思うし。


つまり……ダブスタは、俺の中では悪では無く只の『さが』だ。

さがそのものに、善いも悪いも有りはしない。

性質、例えば水に熱を加えれば、ある温度で沸騰して水蒸気となる訳だが、性質そのものに善悪なんてあろうか。


それを利用する人間にとって都合が良いか悪いかはあるが、本質に対する善悪とは別物だ。


だから、重要なのは線引きで、基準の方。


この基準を、自己都合に合わせてあっちへこっちへと動かす行為こそが悪だと思……いや、それもさがなのだろうから、悪徳とでも言おうか。


まぁ、仮にこの考え方が世に広まったとしても、ダブスタを悪とする輩ってのは後を絶たないだろう。

それも又、人間らしさ、と言うものなのかもしれない。


………………ってさぁ、神妙な面持ちで考え込み始めたから益体の無い事を考えて暇潰ししたってのに、アシュバルよ。

全っ然、思い出しそうに無いな?


「……思い出せないなら、思い出したら教えてくれよ。それか、オジキやアイツらなら知ってたりはしないのか?」


アシュバルから聞かなきゃいけないって訳じゃ無いしな。


「ん?ああ、すまない。小骨が喉に引っかかったみたいな感覚でな、つい考え込んでしまった。だがそうか、皆へ聞いてみる方が早そうだな」


あるある、だな。

どうしても自力で思い出したくなるって時があったりする。


「んじゃそうと決まれば早速、皆を……って、その前にだ。アシュバル、俺はあんたを信頼してある程度の事情を話したが……、一応、あまり他の者へは言わないでいて欲しい。どうしても隠したいって訳じゃ無いんだが……面倒事が増えたりしたら、それはあまり嬉しくないからな」


「確かにな。広く知られれば、科学知識を求める輩が後を絶たないだろう。判った。余程特別な事情が無い限りは他人へは言ったりしないし、俺の口からは吹聴したりしないと約束しよう」


アシュバルは律儀な男だしな。

信頼して構わないだろう。


「頼んだ。さて、皆を呼ぶとするか」




──おーい皆!一旦集まってくれ!それっぽいモノが有ったぞ!




ほどなくして、ぞろぞろと皆が集まってくる。


「も~!イオリが見つけちゃったの!?」

「イグニス!やっと追いついた……急ぎ過ぎです」


イグニスは開口一番、若干の不満を漏らす。

皆で探そうって、行動し始めたんだから、誰が見付けようが構いはしないんだが……子供ながらの対抗心ってヤツだよな。


「はは、すまんすまん。ほら、コレだ」


誰よりも先に、イグニスに見せてやれば多少は落ち着くだろう。


「何コレ?こんなのがお宝なの?」


イグニスが想像してたお宝ってのは、もっと判り易く、絵本の山賊なんかがたんまり蓄えている様な、金銀財宝的な何かを期待していたのだろうな。


「あったのカ?って……ナんだソレ?」


ビアンも、イグニスが持つ物を見て不思議そうにしている。


「ホントに見付かっタんダ?さすフジミャん」

「イグっちゃん……可哀想に……」

「これはまた、何ともケッタイな」

「そんな小さいモノだったのカよ!?」

「よ、良かったぁ……もし何も見付からなかったら、ジョイモンスギを無駄に倒したダケになるところデしタ……」


イイコ……今回は聞こえてるぞ?

まぁ今の今まで不安だったんだろうな。

俺の次に、責任追及されるとしたらコイツだったんだろうし。


「ゲハハハハッ!そうカ在ったのカ!」


あんなブチギレて、俺に殴り掛かってきたくらいだしな。

オジキはジョイモンスギに執着してた様だし、魔法具についても何かしら期待を寄せてたのかもしれない。


となると、一番詳しそうなのはオジキなのかな。


「オジキ、あんたジョイモンスギに隠された魔法具について、何か知っている事はあるか?どうやらコレは鍵らしいんだ。鍵と対になる何か。その情報があれば教えて欲しい」


「ヌン?鍵?そんナ物がカ?」


……スマートキーだもんなぁ。

アシュバルには説明したからともかく、こっちの異世界人達じゃコレを鍵だとは思わないだろう。


今後、知見の広そうな誰かに尋ねてみるにしても、いちいち説明するのも面倒だ。


「魔法の鍵さ。偶々俺は、コレに似た物を見た事があってな」


そういう事にしておこう。

真実とは違うが、まるっきり嘘って訳でも無い。


「そうカ……。ヌーん……鍵、カ。……お!そう言えば御伽噺に何カあった気がするな!そうだアシュバル、お前なら知ってるんじゃないのカ?」


……結局、そっちへ話しを振るのか。

オジキも記憶が曖昧な様だな。


期待外れだったからアシュバルを見てみると、目が合った。

お互い、苦笑いをし合うしかない。


「オジキも詳しくは覚えてないのか……。残念ながら俺もだ。お前達は何か思い当たる事は有るか?」


5人で顔を見合わせる鬼娘達。

どうやら、コイツらにも期待は出来なさそうだ。


「あ、あの……デしたら、オババに聞いてみては?」


オババ……あの半分妖怪みたいな婆さんにか。

でも確かに、御伽噺の語り部と言えば、老婆が定番だ。

イイコも偶には役に立つじゃないか。


「そうだな。それじゃ一旦帰るか?未だ此処に残りたいなら、スマホを使えば今直ぐ聞く事も出来るが」


何となくな。


少しでもこの異世界を楽しむ為にRPGを遊ぶ感覚で、自分の事を極力俯瞰して見てる俺としては、雰囲気の問題だ。

発生したイベントを進める為に老婆に会いに行くってのは、中々雰囲気が有って悪く無い。

通話して聞くんじゃ雰囲気も糞も無いからな。

直接会って、厳かに語って貰った方が俺としては嬉しい。


とは言え、今は俺一人じゃないし、この里の鬼人にとってはオババに会うなんて特別でも何でも無いだろうしな。

一応、効率重視の選択肢も提示しはする。

ここに残って更に探索を続ければ、ジョイモンスギから他にも何かが見付かる可能性も有るし。


「帰ろう!イオリ、早く行こう!」


はは、イグニスはそっち派だったか。

俺としちゃ大賛成だぜ。


それぞれの顔を見てみると、特段、反対する者はいないらしい。


「オッケ。反対が無いなら一度戻ろう」




と、話しが纏まると早速、俺達は山を下っていった。




「オババー!いるカー!?」


オヤジの家へと到着すると直ぐ様、オジキが馬鹿デカい声でオババを呼び付けた。


すると間もなく、ひっそり静かに、足音も無く登場するオババ。

明るい所で見ても、相変わらず妖怪みたいな婆さんだ。


俺はアノ時、良くもまぁ、あんな決断をしたものだ。

一時の気の迷いってのは恐ろしいものがあるな。


……ともかく。


「オババ、俺が小さい頃にオババから聞いた御伽噺、それを皆にも聞かせてやって欲しいんだ。頼めるか?」


簡潔に、オババへと要件を伝えるアシュバル。


「何じゃ、デカい声を出しよってからに。何事かと思えば御伽噺じゃと?いや、そうかまさかじゃが……在ったのじゃな?」


俺達が今日、ジョイモンスギへと向かったのはオババも知っていた筈だからな。

御伽噺と聞いて察したらしい。


「ああ。だが、どうやら見付かった魔法具は、それ単体では意味の無い物らしいんだ。それで、何時だったかオババが俺に聞かせてくれた御伽噺を思い出してな。確か……眠りの森だったか?そんな噺だ。その噺に何らかの秘密が隠されてる気がする」


「む?おお……あの噺か。良いじゃろう。聞かせてやるゾい」


眠りの森、か。

どんな噺なんだろうな。


俺達はゾロゾロと中庭へと移動すると、縁側の中央に座ったオババを取り囲む様にして、静かに耳を傾けた。


「良いか?それでは、語るでな」


──むかし、むかし。あるところに……。


と、定番を踏襲した言葉から、御伽噺が始まったのだった──。

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