第158話 イリモ大池




「凄いっ!ねぇイオリ、あれがイリモなんじゃない!?」




なぁっ!?

何、だあれ……は?


「お~この季節に珍し!フジミャん、アレがイリモっちだよ!」

「興奮したイグっちゃん可愛い~ ♪ 」

「冬は大人しい筈なんでありんすが……」

「何時見てもデっけぇなっ!フジミャどうだ!デカいダろ?」

「あゎゎゎ……どど、どうしてこの季節に……もしかして……」


──ザッッッ…………パァァァアアアン!!!!


「凄い!凄いね~!凄いよイオリぃ!!!」

「あっ、こ、コラ!イグニス、水辺に近付いては駄目ですっ!」


す、凄ぇ……。


「確かにデカい……。が、デカ過ぎるだろ!?」


俺はイリモと聞いて、マリモ的な何かや、イモリを想像した。

アレは……確かに、イモリに似ているのかもしれない。


だが、どちらかと言えばヤモリ……だろう。

ヤモリでもイリモに似た語感だが、う~ん……何か違う気が。

イモリとヤモリは似てるし、どっちもトカゲに似た感じだが……イモリには爪が無くて両生類でカエルの仲間。

ヤモリには爪が有って爬虫類でワニの仲間だ。

名前はイモリ寄りだが……見た目はヤモリ寄りだし……。


……そう、か……そういう事なんだな、謎の転移者さんよ!


イリエワニからもじってイリモと名付けたんだな!?

そうだよ、アレはイモリでもヤモリでも無い!

ワニにこそ似てるんだ!

そのワニの中でも最大級のイリエワニを連想したなら納得だ。

うんうん、そうに違いない。

イリエワニは現実の地球でも体長6m超、体重1000kg超の個体が存在してたりしたからな。

めっちゃ納得ってか、ストンと腑に落ちたぜ。


にしても……アレはデカすぎるだろう。


あんなのもはや、恐竜やゴジ……いや、怪獣か?

体長30m程、最大級のイリエワニの約5倍だ、つまり二乗三乗の法則からして、その推定体重は5^3で=125倍っ!!!

125000kg、125tだぞ125tっ!


って、待てよ?


見た目は恐竜ってよりも怪獣だ。

だが、もしかしたら亜竜の一種なのか?

そう思うと竜に……ドラゴンっぽいっちゃドラゴンっぽいな?


──ザザザザッ……ッパァァァアアアンンン!!!


「……行っちまった、か。凄いな。まさか、あんなのが居るだなんて思ってもいなかった。アレって亜竜なのか?」


「えっ!?竜!?え、じゃあイオリ、アレも美味しいの!?」


えっ!?

あ、あ~……なるほど。

イグニスはワイバーン肉が大好きだもんな?

そうか、確かに……もしアレが亜竜なら、ワイバーン以上に美味い可能性も有る、よな?

ワイバーンよりデカいし、強そうだし。

上位種だの上位個体だのとなれば、味だって期待しても……。


にしても、イグニスよ。

先ず着目するのがそこなのか。


「イグニス……。それは……どうなんだろうな?美味い可能性は高いと思うが……なぁ、アレって食えるのか?」


「え、庵?まさか……アレ、を?」


「イシシ──ッ!ムリムリ!流石にイリモっちはムリっしょ!」

「イグっちゃんが期待してるんダから、死ぬ気でヤれば?」

「イオリはん……いくら何でも、イリモは……」

「フジミャ、きっとウマいぞ!小さいのはタマに食うんダ!」

「わゎ……ま、まさか本当に狩るつもり……デすか!?」


いやいやいや、流石に聞いてみたダケですって。


「聞いてみただけだ。ってか、そうか。イリモってのはあのくっそデカい個体だけがイリモなんだな?小さいのなら偶に食う事も有る、と。そうなんだな?」


つい数刻前、御神木をぶっ倒してやらかしたばかりだからな。

あんなデカくて立派な個体なんだ。

守り神とか土地神として祀られていても不思議では無い。

それを狩るだなんて、そりゃあ駄目だろう。


ってか、意外な事にと言ったら失礼かもだが、スポ根デイコって意外と、微妙~に良い情報を教えてくれたりするな。

この鬼娘5人の中じゃ、一番ガサツそうな雰囲気なのに。


「そうなんだケド~、冬は普通、ほとんど動かないし狩れるトコまで出てこないんだよネ。イリモっちがああして出てきたのもかなり珍しいっテゆうか?フジミャん食べてみたいの?」


「そうだな、狩っても良い小さな個体なら食べて──


「イオリ!探そう!小さいの探して食べてみようよ!?」


──みたい……って、イグニスお前な……」


話しに割り込む程食ってみたいのか、お前ってヤツは……。

でもコレは……今のイグニスの目は、俺に何か、大きな期待をしてる時のキラッキラの目だ。

やめるんだ、イグニス。

その目は、俺に良く効く。

もしかしてのまさかだが、それ、魔眼なんじゃないだろうな?


それはともかく、猿の親子は見逃してやったってのに……食う為にならイグニスは何の躊躇もしないんだよな。

ぼんやりと、その見た目が人型かどうかってとこで判断しているんだろうか。

まぁ、真相は定かでは無いが……DNA的になのか、本能的な何かによるものなのか、忌避感を抱く様に出来ているのかも。

姿かたちが似てるって事はDNA的に近いって事でも有るし。

プリオン病のリスクを回避する為の本能、なのかもしれない。

カニバリズム……人が人を食うと、プリオン病を患う可能性が有るし、それは致死性疾患だからな。

地球ではナノテクが発展してから不治の病では無くなったが……この異世界では、とんでもなく危険な病だろう。

ポーションが効くかも試してみない事には判らないし。


「まぁ、食ってみたいのはともかくとして、だ。どうやら冬だと難しいみたいだぞ?どうやら見た目通り爬虫類に近い様だし」


変温動物は寒いと活動しなくなるからな。

鬼娘達の言葉からして、変温動物で間違いないと思う。

見た目が巨大な爬虫類のワニだし。

だけど……そう考えると不可解な事も有る。


ベルクマンの法則、或いはベルクマン・アレンの法則ってヤツからして、寒い冬が訪れるこの地域で、あんなにも巨大な個体が居るって事が不思議でならない。


恒温動物なら、例えばクマだとか哺乳類なんかだと、寒い地域程大きな個体が増える傾向に有る。

これも二乗三条の法則が絡むんだが、体温、つまり熱は体表面から放出される訳だが、体表の表面積と熱を生み出す肉体の体積の比率は身体が大きくなる程に、その差が大きく広がっていく。

人間の身長が倍になったとして、表面積は2^2で4倍にしかならないが、体積は2^3で8倍になるんだからな。

身長が3倍なら、表面積9倍:体積27倍、だ。

つまり大きい程に、体表から放出してしまう熱に対して、体内で作り出せる熱量が大きくなり、効率が良くなっていくと言える。

だから、寒い地域では大きな個体な方が有利な訳だ。

暖かい地域のクマは小さめだが、寒冷地に生息するシロクマが凄く大きいのはそれが関係している。


逆に、変温動物、それも多年生生物のワニなんかだと活発に活動する為には体温を日光浴などで上昇させなくてはならず、体表から得られる熱の量と、実際に温めなければならない体積の関係から大きな個体ほど体温が上がるのに時間が掛かってしまう事になり、つまり大きな個体ほど不利になってしまう。

だから、寒い地域で大きな個体は珍しい。

日本に大きなワニなんかが居ないのは、それが関係している。

逆に暖かい地域ほどデカい爬虫類が多いのはそういった訳だ。


現実的にはその筈。


……なんだが、イリモのあの、有り得ない程の大きさよ。

冬は普通ならほとんど動かないってエイコの言葉には納得しか無いんだが……あの大きさにはちょっと納得がいかない。


が、つまりは……あれか。


(魔力、か。ファンタジックな異世界ならでは、だな?)


『はい、恐らくは。つまり、物理法則的な不利を覆す、それだけの魔力を有しているのだと考えられます。で、あれば。ワイバーン以上の魔力を有し、ワイバーン以上に美味である可能性は高いと思われます』


そうなんだよな。

今までの経験上、強い個体程に美味いし。

魔力が影響してるんだろうとは思ってたし。


……って、待てよ?


ビアンもセストも……それに、あの日のセインスも……。

嫌な顔一つせず俺のアレコレを口にしたってのは……まさか、俺の人並み外れた魔力が関係してる、ってのか?


まさかだが……いや、だが……そう考えれば……。


ファンタジーフィクションに登場するチートな主人公達ってのは大概が女性からモッテモテだったりする訳だが……。

いや、創作では作者の設定次第なんだからそこに理屈や整合性を求めるのはおかしいんだろうが、だがしかし、そう考えるのならば、モッテモテなのも納得なのかもしれない。


何で陰キャで恋愛経験の全くない奥手な童貞がモテるんだよ?


ってな否定的な意見がネット上には腐る程有ったからな。

だがイグニスが、あれほどワイバーン肉に魅了されるんだ。

だったら、魔力をアホ程含有した俺のアレなら……ファンタジーフィクションの、チートな主人公達のアレなら、多くの女性達を虜にしてしまうのも不思議では無いのかもしれない。


ふふふふふ……、きっと、そういう事なんだろうて!?


ん……?と、なると……。

アシュバルとの修行なんかで、汗やら土埃やらでどろっどろになった状態を俺は不潔だと思っていたが……。

そうか、シイコがやたらと俺の汚れた姿に興奮してたのは、汗から迸る魔力に酔わされてたのかもしれないな?


……もしかしてだけど~ ♪ もしかしてだけど~ ♪ 汗かき~街中走ればモテモテなんじゃないの~!?


ま、俺は地球に居た頃からけっこうモテてたけどな?

平均より身長が高いってだけでも、それなりにモテるもんだ。

陰キャでもコミュ障でも無かったし。


まぁそれはともかくとして、だ。


「え~……でも、探せば見付かるかもしれないよ?」


イグニスの期待に応えてやるかどうか、だよなぁ。

正直、俺もちょっと食ってみたくはあるし。


『でしたら提言します。あの個体、イリモを狩ってしまえば良いのではありませんか?冬眠する小さな個体を探し出す手間が省けますし、なによりナノマシンをこの里で広く普及させる為にも、NOSTを、その血肉を使った料理へと混ぜて振る舞ってしまえば効率が良いかと。NOSTそのものを服用させるのは効率が悪く、個々人に説明をして回るのも手間でしょうし』


なん……ですと……?


(……舞さんや、何を言ってるのか分かっているのか?)


『ええ。私の機能に異常は認められません。通常の食事では、そう多くの者達が集まりはしませんし。ですが丁度、来週末にはパコリマスなるイベントも有る様ですし、その際にイリモの肉を振る舞うともなれば、この里の者、ほぼ全てを一所に集めれるのではありませんか?なんなら、新年の祝いとしてでも良いのかもしれませんね。この時期で丁度良かったとも言えます』


それは確かに……。


だが、土地神として祀られててもおかしくなさそうな、あんな巨大な個体を……狩れ、ってか。


「……なぁ、一つ、お前達に聞きたい。あのさっきの個体、イリモを狩ってしまうのは問題有るか?って、無い訳無いよ──


「えっ!?イオリあのデッカぃの倒せるの!?凄い!!!」


──なっ!?って……いやいや、イグニス、先ずは確認をだな?流石に、勝手に狩ってはマズいだろうよ」


「ん~どうナんダろ?でもヤれるんならイイんじゃん?」

「良かったねぇ、イグっちゃん ♪ 」

「嗚呼……この目で直接……勇姿が見れるんでありんすね……」

「マジかよフジミャ!ヤれるのか!?頑張れっ!!!」

「あわゎゎゎ……どど、どうなんでしょうか……でも、ジョイモンスギは大切にしてたケド……イリモは別に、お祭りとかで使ってた訳でも無いし……うぅぅ……あっ!そ、そうだ、イオリしゃん、その……スマホ?とかいうもので、オヤジにでも直接聞いてみたら良いのではありましぇっ、せんか……?」


それも……確かに、な。


だがな、イイコよ。

俺は本当の正解が欲しい訳じゃ無いんだ。

ジョイモンスギの事も有るし、今、オヤジとは顔を合わせ難い。

俺が欲しいのは、なんとなくOKっていう、フワっとした答えで良いから、お前達、鬼人族である鬼娘達の言質が欲しいだけだ。


良いよ、と言質さえ取れたら、俺一人の責任じゃ無くなるし。


……多少、卑怯な発想である事は重々承知の上だ。

だが、時として重要にして必要な考え方だろう。

それに、本来は良く無い事だとされているのだとしても、いざ現場の判断でやってみたら結果として良かったなんて事だって往々にして有る筈だ。

そして、その結果を以て赦される事も。


因みに、イグニスに口を挟まれてしまい重要な事を言いそびれるところだったが、自分は一応確認とりましたよ?反対も一応しましたよ?って判る発言を予め忘れずにしておくのがポイントだ。

俺は皆のフンワリした言質と、皆からの期待を受けて仕方無くやった、と、第三者にはそう思われる必要が有るからな。


まぁ本当に、禁忌とされている様な事なら無茶は良くないだろうが……小さな個体は普通に食ってるみたいだしな?

イリモは唯、只、他の個体よりデカいってだけだろう?

そう考えれば立派に育った肉用牛と何ら変わらない筈だ。


小さいなら食って良くて、デカいなら駄目だ!

……なんて理屈が有るだろうか?

いいや、そんなもん無いね!無い筈だ!

研究目的で飼育してるとかならともかく……イリモの場合は自然任せに放置してるだけなんだろうし。


概ね、鬼娘達はやっちゃえって雰囲気だしな?

イグニスも期待してるっぽいし。


「……良し、決めた。オヤジに確認は無しだ!やるぞ、俺は。イグニス、お前の期待に応えようじゃないか!来週にはパコリマスだって有るんだしな。ご馳走を用意しようじゃないか!」


「えっ!?あゎゎゎゎ……ほ、本当に良いのでしょうか……」


「やったぁ!!!イオリならきっと勝てるよね!?」


ふふふ、イグニス。

倒して魅せようじゃないか!


と、俺はこうして、自分に都合良く解釈し、イグニスの期待に調子を乗せられてイリモへと挑む事となったのだ──。

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