お泊まり続行
一生終わらないと思われた洗濯物だったが、畳む人が勇に変わった瞬間すぐに終わり、今でも帰れる状態になっていた。
「洗濯終わったしそろそろ帰るのか?」
勇がそう問いかけると、不思議そうな表情を浮かべる人間が3人。そんな中で呆れた溜め息を吐く千咲が口を開く。
「外見た?」
「外?」
そういえばなんか外暗いな。なんて事を心の中で呟く勇はリビングのカーテンを開けて外を見る。
勇の視界に入ったのは横殴りに振り続ける雨。そしてガラスが揺れるほどの強い風。なぜ今まで気が付かなかったのか不思議なぐらいに強い台風が勇達が住む地域に直撃していた。
「え?みんな気づいてた?」
「そりゃね。逆になんで気づかなかった?」
「いや……朝から色々ありすぎて……」
「それはそうか。てか、それならよく星澤さん気がついたね」
勇と同じ状況に置かれていたにも関わらず、よく気づいたねと称賛を送る千咲は紗夜の方を見た。
すると、なぜか誇らしげに胸を張る紗夜はふふーんと口で言いながら話し出す。
「私、優秀だからテレビで確認してたんだよね〜」
「……なら俺にも情報共有してくれ」
サラシを外したことを忘れたのか、未だに胸を張り続ける紗夜からそっと目をそらした勇が不服げに言葉を紡いだ。
「あなたも隣りにいたじゃん」
「いやいや。お前が邪魔してテレビどころじゃなかったんだよ」
「それは言い訳がすぎるんじゃない?」
「事実なことだろ」
相変わらずの言い合いをする勇と紗夜はお互いに睨み合う。そんな2人を改めて見た千咲の顔には、ゲーム中にも関わらず口角が上がりきってしまう。
(尊い尊い尊い尊い尊い。ケンカップル尊い)
完全にオタクに染まりきった思考にはゲームのことなどなく、必殺技ブッパのボットになってしまう。
「千咲?」
「なにー?」
「なにーじゃなくて、こっちに集中してくれると俺からすると嬉しいんだけど?」
「匠海も知ってる通り、今いいところなんだよねー」
「………………」
ガチオタクの千咲を目の前に、これ以上話しかけても無駄だと感じ取った匠海は無言で即死コンボを決めだす。
昨夜までの千咲ならば愚痴の嵐だったのだが、今の千咲はこの即死コンボにも特に反応を見せず「あー負けたー」という棒読みの声だけが匠海の耳に入ってきた。
(まともにゲームできねぇ)
あまりのオタクっぷりに呆れ混じりの溜め息と一緒に、コントローラーをおいた匠海はぐでーんとソファーにもたれかかる。
「あれ、もう終わり?」
「終わりだー。夜も死ぬほどやったのに、同じ相手とずっとやるのはさすがに飽きる」
「ほほう。なら私はあの2人を観察しようとするかな?」
「……程々にな」
そう言うと、まだ重たい瞼をそっと閉ざし、今回は邪魔されそうにないので静かに眠りつく匠海。隣では匠海の膝の上に足を置きながら寝転ぶ千咲は手に顎を乗せ、椅子に座る勇と紗夜を眺めていた。
「で、今日も泊まると?」
「まぁそうなるね」
「……俺のベットに来るなよ?」
「そ、それは知らないって!」
「はぁ?誰かが運んできたってのか?それはないだろ」
まずっ!と小声で呟いた千咲は慌てて顔を伏せる。それが功を奏したのか、ジトッと一番怪しいであろう千咲を睨む勇だが、顔を伏せて寝てることをどう勘違いしたのか「流石にないか」と言った。
「お前が寝ぼけてこっち来たんだろ」
「だから違う!私そんなミスしないから!」
「どーだか」
疑いが晴れない勇は肩をすくめ、疑われる紗夜は講義の目を勇に向ける。だが、そんな2人の表情はソファーの上で寝ている妹弟によって一瞬で消えることになった。
「なぁ。やっぱ千咲と匠海くんって付き合ってるよな」
「え、だよね。膝の上に足を乗せるなんてカップル以外の何者でもないよね」
「しっかり兄として匠海くんがどんな男か見分けないとな」
そんな勇の言葉に小首を傾げた紗夜は怪訝な表情を浮かべた。
「なんで?匠海はいい子だけど」
「それは知ってるが、千咲に合うかどうか、ちゃんと見極めたい」
「だからいい子だって」
「いや知ってるが?」
姉として弟が悪い子認定されるのが許せないのか、いい子だと言い張る紗夜と、いい子だとは思っているが、一応兄として妹の相手にふさわしいか見極めたい勇のブラコンとシスコンは眉間にシワを寄せていた。
「なんか、匠海のこと悪い子って言い方してない?」
「してないから。ブラコンすぎるだろ」
「こんな可愛い姉に好かれる弟は嬉しいだろうからブラコンでも別にいいでしょ。なんならあなただってシスコンでしょ」
「イケメンで優しい兄に好かれる妹は嬉しいから良いだろ」
「……ナルシスト痛いよ」
「お前がだろ。なんなら俺は本物だから痛くないぞ」
「私だって本物だから痛くない」
お互いがお互いにナルシストであることを認めようとしない勇と紗夜は、相変わらずに眉間にシワを寄せ合い――ながらも口いっぱいにフレンチトーストを頬張る紗夜。
(……ハムスター?可愛いな)
そんな紗夜の姿に思わず頬が緩みそうになる勇はグッと堪らえ、無意識に考えてしまった邪念を頭を振ってかき消す。
「ヘッほはんひんふにでもハマっはの?」
「ちげーよ!てか口の中無くなってから話せ。俺ほどの読解能力がなかったらわからんかったぞ」
『ヘッドバンギングにでもハマったの?』と聞き取った勇は紗夜の可愛さにそっと顔を逸らして律儀にツッコミを入れる。
「……ん」
子供のように小さく頷いた紗夜は俯く。
(嫌われたのかな……。やっぱり顔と性格は良くても、端ない女は嫌われるよね……)
顔を逸らされたことが気になるのか、紗夜はチビチビとフレンチトーストを食べながら頭の中で自嘲する。
だが、すぐに我に返った紗夜はフォークを置き、両手で勢いよく頬を叩いて頭の中にある思考を強引に打ち消す。
「え、なに。M体質なのか?……ナルシストでM体質か……」
「ちがう!!!!!!!Mじゃない!バカ!!!!」
顔を真っ赤にした紗夜は大声で怒鳴り、残り少ないフレンチトーストを一気に口の中に入れると、勇に押し付けるように食べ終えたお皿を突き出す。
「まだ食うのか?太るぞ」
先程の反省を活かし、今回は「んーん!」と唸りながら勢いよく横に首を振る。そんな紗夜は洗い物をしろ、と言いたげに台所を指差す。
「……俺に洗えと?」
「ん!」
「…………貸し1な」
頷く紗夜に目を細めた勇がそう言うと、頷く紗夜は椅子に座り直して勇に継がれた牛乳と一緒にフレンチトーストを飲み込む。
ふ~と息を吐くと、背もたれに体重を預け、勇が呟いた聞き捨てならない言葉を掘り返す。
「女の子に太るよって言ったらダメだよ。それもこんな可愛い女の子に」
「はぁ……そんなもんなのか……」
「そんなもんなの。ってことで私暇になった」
「いや知らねーよ。てか、ずっと思ってたけど、打ち解けすぎじゃね?」
「………………こんな私じゃ、いや?」
何食わぬ顔で暇だと言ったはずの紗夜は勇の言葉で押し黙り、上目遣いのように勇の目をじっと見つめると、自分の態度が心配になったのか心臓が凍りそうな思いで問いかける。
そんな紗夜を見た勇はギュッと心臓が締まる感覚に苛まれ、蛇口から流れる水の音も、キッチンに残る甘い匂いも感じなくなり、思考だけが加速する。
(なんでそんな顔するんだよ……こっちが胸痛くなるからやめてくれ……)
なんてことは口になんてできず、ふるふると首を横に振った勇は紗夜の笑顔を取り戻すために表情を歪めることなく言葉を発した。
「別に嫌じゃないぞ。俺も話しやすいからありがたい」
「ほんと!?ならこのままで行くね!」
「おう」
(やっぱり、笑ってるとかわい――俺今なに考えようとした!?まさか、可愛いなんて……いや、実際顔だけ見れば可愛いけど。だけど性格も含めれば可愛さの欠片もないだろ俺!)
今回は頭を振らず、心の中だけで無意識に思おうとしていたことを否定し、お皿を洗い終えた勇は水を止め、気分転換も兼ねて洗面所の方へ向かい出す。
「どこ行くの?」
「洗面所。歯磨きたい」
「私も磨きたーい」
「……お前の歯ブラシないぞ?」
肝心な所に気づいていなかった紗夜は「あ、確かに」と独り言ちながらポンと手を叩く。
あまりの先読み能力のなさに呆れ混じりの溜め息を鼻から吐いた勇はまぁ、と言葉を紡ぐ。
「開けてないやつが何本かあるからそれ使え」
「用意周到だね。私が褒めてあげる」
「嬉しくねぇ」
「美女に褒められて嬉しいって素直に言いなよ。そうじゃないと褒めないよ?」
「美女に褒められて嬉しくないことはないが、相手がお前だからなぁ……」
「私だから良いんでしょ!」
どこからそんな自信が来るのか、ギャーギャー騒ぐ紗夜はどうしても勇を褒めたいらしい。だが、自分から褒めたいと言うのは少々恥ずかしいようで、あくまでも勇が褒められたいから褒める、という形を作るために努めていた。
「そんな褒めたいなら褒めてくれてもいいぞ?」
勇もどうやら紗夜に褒められたいようで、あくまでも紗夜が褒めたいから褒めさせてあげる、という形で褒められることを願っていた。
当然、そんな2人の思考が重なれば褒めることも褒められることもできず、リビングを出た勇と紗夜は何事も起こることなく洗面所に着いていた。
「あなたが褒めてほしいなら褒めるけど?」
「お前が褒めたいなら褒められてあげるが?」
「なにその理屈。褒めてほしそうな顔するなら素直に褒められたいって言えばいいのに」
「お前だって今にも俺の頭を撫でそうな位置に手があるじゃねーか」
(褒められたいって言えるようにチャンスをあげてるのよ!)
(この顔すれば普通褒めたいって思うだろ!チャンスをものにしろ!)
2人は究極のバカなのか、それぞれのわかりやすい行動にも気がつくことはなく目を閉じ、歯を食いしばりながら心の中で叫ぶ。
「……褒めさせてやるぞ?」
「……褒めてあげるけど?」
最後のチャンスだと言わんばかりに同時に口を開ける勇と紗夜は若干頬を赤くし、最後の我慢を見せるが、
「「……なら」」
と口にした紗夜は右手を頭にそっと落とし、勇は上にあった手に頭を押し付けた。
その瞬間、我慢していた気持ちはスッキリと晴れ、自然と2人の口元には笑みが浮かび上がってくる。
(男だけど、案外可愛いとこあるじゃん)
優しく頭を撫でる紗夜はそんな事を思い、
(なんで撫でてるやつがそんな幸せそうなんだよ)
微笑ましい目で紗夜を見つめる勇がそんな事を思う。
じれったいようで甘いこの空間は誰にも見られることもなく、数分間頭を撫で撫でられ続けた2人はホクホクと幸せオーラを発しながら歯を磨き出す。
目を閉じて狸の寝入りをしていた千咲はというと、あんなに元気だったのにも関わらず、疲れがまだ抜けきっていなかったのか、そのまま眠ってしまい甘い2人空間を見ることができなかった。
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