第6話 朝からお盛んですね。

   ◇◇◇


 三矢を引き取る? 結婚する? ということが決まった数日後の4月の中旬――。


 大学が始まり、いつも通りの日常が戻ってくる……筈もなく、数時前とは俺の生活は一変した。今までのコミュ障根暗の友達や彼女がいないボッチライフは消し飛んだ。


 その影響は早朝から始まっていた。

 今日は平日だが、面接もなく、授業もなく、バイトも夕方からなので、昼まで寝て、そこからベッドゴロゴロして、スマホをいじって、昼飯は近くの牛丼屋に行ってお昼寝して、バイトに行こうと思っていたのだが……。


 その幻想は朝6時から叩き潰される。


「くすくす、お兄さんは大人なのに、1人で起きることもできないんですかぁ? 情けない大人だねぇ~くすくすっ、お兄さんのざーこ、ざーこ♪」


 その原因は俺の腹の上に馬乗りになっている三矢だ。

 何? こいつ? 俺の上に馬乗りになることに至高の喜びでも感じてるのか?


「おい、どけ」


 美少女が馬乗りになっている……だが、今は睡眠欲に勝てん。


「えええ? なんで? くすくす、朝から私のことを襲ってもいいんだよ? くすくすレアだよね~~。お兄さんはJKといたしてもいい『権利』を持ってるんだから? あ~あ、世界のロリコンたちから羨ましうがられちゃうねぇ~~」


「それは俺が望んだことじゃねぇだろうが!」


 あれから、俺は当然親戚連中にクレームを入れた。

 だが……『離婚は許さん、雪城の名に傷がつく。我々に迷惑をかけるな。法にふれなければ三矢は奴隷の如く扱っても構わない』という、もう人間のクズエキスを抽出して、さらにゴミのエキスを合わせて煮詰めたような返答が返ってきた。


「はぁぁぁ、もういっそのこと楽しむかな? いっそもう朝っぱらから襲うぞ?」


「くすくす、そんな強気なこと言っても、お兄さんに私を襲う勇気なんてあるわけないですよねぇ。これだから素人童貞は困っちゃうんですよねぇ~~ざーこ、ざーこ」


「あああああ! もうっ、うっざいな! お前のせいであかりちゃんには盛大に『勘違い』されるし! あああっ! 最近の俺の運勢はどうなってるんだよ! 俺に平穏を返せ!」


「まあ、そうだねぇ~。あかりちゃんの件は少し反省してる。だ、だって、『私とお兄さんは運命の赤い糸で結ばれているのに、悪の親戚が引き裂こうとしたの! だから、結婚したの!』っていう、超適当な言葉を信じちゃってるし……流石の私も罪悪感が半端ないねぇ」


 そうなんだよな……去り際なんて。


『うぅぅぅぅぅ、2人とも頑張ったんですね。私2人のこと応援してます! 何でも言って下さいね? そうだ、お休みの日は料理を作りに来ます! えへへ、2人の好きな物たくさん作りますね。私、お姉ちゃんですから!』


「……あかりちゃん、最後感動で何故か泣いてたぞ? どうやったら、あそこまで純粋な人間が出来上がるんだ? 歳上だけど、マジで心配になってくる……俺あの人を新興宗教に入れる自信ある」


「ああ……私も怪しい不動産の連帯保証人にする自信あるかも」


「はぁぁ、可愛い人だから心配だよな……寝よ」


「ええっ!? ここまでお膳立てして手を出さないの!?」 


 俺はそれだけ言うと再びまぶたを閉じる。いや……もうなんか、男としてこの状況ヤらないのは終わっている気もするのだが……なんというか、性欲よりも理性が働いている。


 JKには手を出してはいけない……大人の本能が俺の理性に赤きを炎をともしている。

 まあ、ビビっているだけとも言う。

 素人童貞の俺にはどういう顔で三矢に手を出せばいいのかわからないし……それに今は眠い……。


 そうして俺は再び眠りについた。


   ◇◇◇


「むぅぅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅっぅぅぅ」


 雪城三矢はそのまま眠りについた翔を不機嫌そうに睨みつけていた。

 もう、信じられない! 普通ここまで女の子が誘って寝る!? と、怒り心頭である。


「…………まったく」


 三矢は翔のお腹の上から立ち上がると、めくれていた布団をかけなおす。その時、子供のような穏やかな寝顔の翔が目に入る。

 三矢の胸がとくんと高鳴る。


(くすっ、本当に私の『王子様』は仕方ないんだから……)


 三矢にとって翔は『悪の組織から助け出してくれたヒーロー』だ。

『昔』から好きだったが、この数日でその想いは膨れ上がるばかりだ。


(むぅぅ、お兄さん、積極的な女の子が好きだと思うんだけどなぁ……パソコンに入ってるAVの系統はそっち系ばっかりだし)


「…………早くしないと。早く既成事実を作らないと、お兄さんを誰かに取られちゃう。あかりちゃんといい雰囲気だったし……一刻も早く」


 三矢は必死だった。

 自身に経験があるわけでもないのに、翔を取られたくない! という思いから、死ぬほどの恥ずかしさを我慢しながら、こうして毎日誘惑している。


 だが、その成果は先ほどの通りだ。


(もっとお兄さんの趣味を理解しないと……!)


 三矢はパソコンの電源を入れ、大きめのヘッドホンを装着する。そして翔のネットの履歴やAVを真剣な眼差しで見つめた。


 その映像を見ると顔から火が出そうになるほど熱くなる……。


「うぅぅぅ、この下着……もうヒモじゃん。ここまでやらきゃダメかねぇ……」


 三矢は照れながらも研究を続ける。

 全ては翔に、好きな人に気に入られたいがために……。

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