総司の居る部屋

桜梨

第1話

慶應けいおう六年四月。


千駄ヶ谷せんだがやにある、植木屋。

ここの離れで、新撰組しんせんぐみ一番隊組長の沖田総司おきたそうしが、療養りょうようしている。

沖田は、肺病を患っていた。

労咳ろうがい

現代で云う、結核けっかくである。

容体は、良くない。


沖田は、本来であれば、組織名を甲陽鎮撫隊こうようちんぶたいと変えた新撰組の一員として、鳥羽とば伏見ふしみの戦いに参加し、活躍するはずであった。

しかし、その道中で病状が悪化したのだ。

1年前に発症してから、それまで何とか持ちこたえて来たのだが、どうやら限界が来たらしい。

名医として知られる松本良順まつもと りょうじゅんの診断を受けた時には、もう既に手遅れだった。


労咳は、感染する病だ。

この部屋へ沖田が隔離かくりされてから、もう2カ月は経つ。

静かな場所だった。

植木屋だけあって、庭には綺麗きれいな花が咲いている。

身の回りの世話をしてくれる付き添いの老婆も、本当に、良くしてくれる。


だが、沖田の体力は、徐々に衰えているのが判る。

稽古はしていないので、剣の腕前も落ちていく。


「くやしいなあ」


とこの中でつぶやいた。

本当なら、近藤先生や土方さん達と一緒に戦っていたはずなのに。

剣を振るえない自分の存在など、何の意味があるのか。


ふーっと溜息をついたら、肺の奥からゴロゴロという音が聞こえる気がした。

時々、呼吸するのが辛い。


「くやしいなあ」


もう一度、呟いた。

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