バルとハムと橋の街、ビルバオ(スペイン)

 スペイン北部のバスク地方といったら今はチーズケーキが有名なのだろうか。私たちがビルバオを初めて訪れたのは2016年、前年初めてバルセロナを訪れた時はガウディ建築の絢爛な姿に圧倒されたがバスク地方はまた違う趣の街だと感じた。

 ビルバオは元々港湾地区で鉄鋼業、造船業の減退と共に衰退しかけていたが、90年代に大規模な都市整備を行い今では芸術と観光の街とされている割と新しい雰囲気の街だ。私たちがビルバオを訪れた理由は2つあり、その1つがグッゲンハイム美術館と世界遺産のビスカヤ橋を見に行く事だった。このビスカヤ橋、地味な観光地かと思いきや意外と楽しい経験ができた。


 そしてもう1つの理由が「美味しいものを食べに行く」ことだ。この時の旅はまずアイスランドでオーロラを見てその後スペインに寄るというプランだった。事前リサーチでアイスランドでは物価高やその他諸々の理由から美味しい食事にありつけないと予測していたので、せめて日本に帰る前に美味しいものを食べたいということでスペインを選択、さらにレイキャビクから乗り継ぎの良い時間帯の飛行機を探したところたまたまビルバオに白羽の矢が立った。

 いい加減なプランだったが私たちは見事にビルバオにハマってしまったのである。


 まずは生ハム。スペインのイベリコ豚の生ハムはイタリアの生ハムとは全く違う。好みの問題だろうけど私たちは完全にイベリコさんのお尻の虜になってしまった。

 透明感のある赤茶色の薄い一切れを頬張ると、熟成した赤身肉の香ばしい香りが口中に広がる。噛めばコク深く凝縮した旨味が溢れる。軽くあぶったバゲットにこの生ハムを挟むと白い脂部分がパンの熱でさらりと甘くとろける。たった2種類の材料が大変なご馳走になってしまう。バゲットサンドと言えばバレンシアの街角のパン屋で買った生ハムサンドも絶品だった。


 ビルバオの街を歩くと、バル(Bar)と呼ばれる大衆居酒屋をよく見かける。立ち呑みスタイルが主体だが、イスとテーブルを出しているところも多い。システムは大抵同じで、まず飲み物とカウンターに並んだタパスと呼ばれる小皿料理を選び、支払いを済ませる。あとは好きな場所で食べればいい。このタパスが店によって様々で、これを食べるならあの店、といったようにハシゴするのも楽しい。

 私論だがタパスに生ハムは外せない。刻んでオリーブオイルと和えてスライスしたバゲットに乗せただけで旨い。プチトマトやチーズ、ズッキーニ、リゾットのコロッケ、どれに合わせても美味しい。ハムの塩気に飽きたらスパニッシュオムレツやタコの炒め物、アンチョビオリーブなどで休憩し、またユーロを握りしめてカウンターへ行く。言葉が分からなくても楽しいし、バルにいる人はなぜかみんな陽気で気さくに見えるから不思議だ。カウンターで悩んでいると、これが美味しいよと教えてくれる人もいるし、時間をかけて悩んでも店の人に嫌な顔はされない。食べたいものが決まったら元気よく指差し注文だ。


 店の外の適当な場所(例えばバイクのサドルをテーブルにして)食べている人も多く、店の前は23時ころまで賑やかな声が聞こえていた。自宅で家族揃ってとる夕食ももちろん良いが、大人たちがワインを手に語らう傍らで、子供同士が遊んでいるという街の画も賑やかで悪くない。バルは街の社交場であり、食堂であり、美味しい食事と楽しい会話を味わう大切な場所なのだろう。

 帰国日の朝、往生際の悪い私たちは最後のピンチョスを楽しむべく開店直後のバルに入った。そこで声をかけてきてくれたのは日本語を勉強しているというお爺さん。すぐ近所の日本語学校に通っていると学校のある建物まで案内してくれた。よくよく聞けば若い女の子が大好きな“お元気”なお爺さんだったが、勉強する理由は人それぞれ、こういう出会いがあるのもバルの楽しみと言ったところだろう。

(2016年5月来訪)

 

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