第5話

 どうしたことか、SNSでは染みる言葉ばかり目に入る。

 普段は料理やファッションの投稿をよく見ているのに、今日に限って名言が流れてくる。このスマホ、もしくはこのSNS、私の心を読んでいるのだろうか。


 禅や仏教の言葉が流れてきた。


 幸せも不幸も自分の心が決める。


 過去・未来ではなくただこの瞬間に集中せよ。


 執着は苦しみを生む。

 

 確かに……。執着するから嫉妬も起きるし自分との差異に心がざわつく。


 よい言葉がたくさん流れてくる。心が洗われるようだった。少しずつ少しずつ、私の心の黒い部分が削げ落ちてゆく感じがする。


 しばらくしたら似たような言葉が出てきた。そうか、SNSに上げるような有名な言葉だから誰かしらと被るんだろうな。


 もう少ししたらSNSを閉じようと決めたとき、気になる言葉が流れてきた。


 色即是空しきそくぜくう。身体は借りもの。


 色即是空、見たことある熟語だけれど意味は知らなかった。すぐに検索をかける。


 この世のすべては実体ではなくくうである。

 形は持つが、その形は仮のもの。本質は空である。


 自分の身体だとおもっていたものは、借りものであり仮のもの……。

 つまり、私は私のようで、私ではないのか。


 そう思ったら少し気が楽になった。いや、どこかまだ信じていない。今までの自分でいることに、現状維持であろうとしている。


 変わることは怖い、そう思っていた。だから前に進めない。変わったてもし、前より悪くなったら嫌だし後悔をする。それよりならこのままがよい。


 けれども、そう。変わると前よりよくなるかもしれないのだ。いや未来を恐れて考えている、これがよくないことなのだと自重する。


 禅や仏教の言葉たち、読んでいるとこれが真理なのかなって思った。

 私よりたくさん考えて考えて考えて生きてきた人たちが残した言葉だ。きっとこれは、合っているし道標みちしるべにしたほうがよい気がする。

 どうしたら活用できるだろう。ただ暗記しても効果はないと思う。


 悟りを開くフリをしてみるとか。

 

 そうだ、うだうだ考えないで「そういう風に」生きてみるのはどうだろう。私が好きなアイドルならきっと、そうする。そうしてどんどん物事を進めてゆく。



 また月曜日が来た。妙に寒いと思ったら車のフロントガラスが凍っていた。そういえば数日前ニュースで「霜降そうこう」だと言っていた。

 通勤経路にある田んぼに霜が降りていた。


 二十四節気は不思議だ。何千年も前に作られたのに、ほぼ当たっている。

 季節の移り変わりを視認できたのが嬉しかった。


 今朝は寒くてフロントガラスの氷を解かすのに時間がかかりコンビニに寄る時間がなかった。漫画雑誌は買えなかったけれども霜降を確認できたので収穫はあった。

 

 会社に近づくと岩木山が見えてきた。なんと、山が三色になっている。上から白、紅、緑。

 なんというか、壮大な気分だった。こんなに寒いんだから雪が降っても不思議じゃない。けれども紅葉と緑の葉っぱが同居しているのは今の時期しか見れないだろう。時期、というより数日だけかな。だって毎日この道を通っているけれども、三色の山を見た記憶があまりない。


 あ、少しふっとんだ。もやもやしていた気持ちが。自然は偉大だ。


 会社の駐車場に着くと雫と会った。


「おはよう」


「おはよう。岩木山、三色になってるね」


「ね、きれいなグラデーション」


「そういえば……」


 私と雫はたあいない話をして会社へ向かった。



 神栖くんが珍しく、めぐみちゃんと楽しそうに話をしていた。

 神栖くんと恵ちゃんは同期だが、そんなに仲がよい印象はなかった。

 けれどやっぱり同期なので、話題は合うのだろう。二人とも笑顔だった。


 あれ? いや、神栖くんは私にだってあんな風に笑顔で話しかける。もしかして私、どこかでうぬぼれていた? いやー痛いね自分。


 なんだろうこれ、嫉妬? なんで私が神栖くんに嫉妬?


 確認するために神栖くんを盗み見る。心がざわつくので恵ちゃんは見ないようにしたいが視界に入ってしまう。これ以上嫉妬の炎を広げる必要はない。私はすぐに視線を外した。


 一瞬で分かった。神栖くんのルックスが、私は好きなのだろう。色白でひょろっとしている。そうだ、私はそういうルックスが好きだった。


 冷静になって考えてみる。嫉妬はどうして起こるのか。執着だ。

 私が神栖くんに執着する理由はない。神栖くんには彼女がいたと思っているし彼は七つも下だ。いや、そんな数字情報は言い訳だ。


 今考えるべきは、嫉妬の理由とシステムだ。


 幸せは自分の心が決める。そうだ、それだ。


 嫉妬は他人が絡むから起こるのだろうか。ううん、他人の気持ちが自分に向いていないからだ。

 神栖くんは今、目の前の恵ちゃんのことを考えている。

 神栖くんが私と話しているときは、私のことを考えている。だから嫉妬が起きない。


 そうだ。そして、それは考えても仕方のないことだった。正解は、きっとないのだから。


 がつんっ。プラスチックが何かにぶつかる音がした。


「あっ」


 しまった、製品を思いきりぶつけてしまった。今は仕事中だった。神栖くんと恵ちゃんが気になり、視線をチラチラそちらに向けていたがために起こってしまった私のミス。


「どうした?」


「美里さん、大丈夫ですか?」


 神栖くんと恵ちゃんがかけ寄ってきた。


「ごめん、ぶつけた……」


 私は申し訳ない気持ちで報告した。


「今確認するね」


 神栖くんは製品を持って行った。


「けがはしませんでしたか?」


 恵ちゃんが私を気にかけてくれた。


「うん、ぶつけてしまって申し訳ない。恵ちゃんの仕事増やしちゃったね」


 ぶつけた製品を、神栖くんは確認だけをするはずだ。恵ちゃんが組み直しをすることになるだろう。


「気にしないでください」


 恵ちゃんは心からそう言ったのが分かる笑顔だった。

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