銀河自動車の夜
物部がたり
銀河自動車の夜
子供が生まれてから、夜に出かけたのは何年ぶりになるだろう。夜の景色は昼間と違う。まるで銀河鉄道の夜みたいに幻想的だと、れいは思った。
恐らく銀河鉄道から見える景色はこのようなものだろう。
「たまには夜にドライブもいいだろ」
旦那のはじめは無邪気な子供のような顔でれいにいった。
「そうだね。でも子供たち大丈夫かな」
れいの一番の心配は子供たちであった。
「今ごろぐずってるかも知れないな」
「やっぱり帰ろうよ……」
「大丈夫だって今帰ったら母さんたちに怒られるよ。『孫を取らないでくれ』って。たまには君も休んだらいいさ」
「でも……。うん……そうだね。お義母さんとお義父さんに任せましょうか」
「そう来なくっちゃな。そうと決まったことで、どっか行きたいところある?」
「どっかねぇ~。じゃあ天の川に一番近い所に連れてってよ」
「大雑把だな」はじめは困っていたが、すぐに思い至ったらしく「そういうことか。そうだな。わかった」
何がわかったのか?
自分で言ったもののどこに連れていかれるのかわからず、少し不安になった。だがミステリーツアーみたいでワクワクする。
車の窓から街行く人々や、ネオンの灯りを見るのは飽きない。良いところばかりではないけれど、夜の街は昼とは違った顔を覗かせて、れいはそこが好きだった。
昔、やさぐれていたとき夜の街を彷徨ったものだ。行く当てもなく、孤独で、同じような境遇の子たちとつるんで、馬鹿なことも少しはしていたかもしれない。
文字通り、目に付くものすべてに牙をむいていた。もうあのころに戻りたいとは思わないものの、あのころを否定するつもりもなかった。
それから色々あったものの、はじめと結婚してからは夜の街に出るどころか、外食も殆どしなくなり、料理を作るような家庭的な女になった。
お酒も好きな部類に入るが、はじめの晩酌に付き合う程度で泥酔するほどは飲まなくなった。
はじめと出会ってからははじめ優先で考えて、子供が生まれてからは子供優先で考えるようになった。人は変われれば変わるらしいが、なるほど……だと今なら納得できた。
「ねえ……、市内から離れちゃったけど、どこ行くつもり……」
「どこって、知ってるくせに」
「いや、知らないって、まじで」
昔の自分が一番毛嫌いしていた部類になって、昔の自分に謝らなければならないかもしれない。けれど、昔の自分も根っからの悪党ではなかったのだから、わかってくれるだろうとれいは思う。
「れい、着いたぞ。ここのことだろ」
はじめの運転する車は市内を離れてからも一時間近く走って、山にやってきていた。
「ここって」
「来たかった場所ってここだったんだろ」
れいはどこでもいいつもりでいったのだが「うん」といった。
遠くに見える百万ドルの夜景は、まるで銀河系のように見え、大パノラマの夜空に天の川がかかっている。
昔のことはあえて忘れていたが、初めてはじめと出会った場所がここだった。
はじめは「『真の幸福に至るのであれば、それまでの悲しみはエピソードに過ぎない』だろ」と臭いセリフをいった。
「しゃらくさいなぁ」
れいははじめの肩に身を寄せた――。
銀河自動車の夜 物部がたり @113970
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