因果応報 5
005
髪束に残された遺伝子を追って、オリジナルの人形師を見つけた英美里は、即座にその首を刎ねた。
「もしもし、私だ。今組織に協力していた魔術師を始末した。後で死体を回収しておけ。場所はメールで送っておく」
電話を取り出し、仕事仲間への連絡を済ませ、場所の住所をメールで送った後、英美里は即座に自分の別荘へと向かった。
人形師の工房は街の中心にある都市部にあった。
人形師は自らの髪の毛の束を人形に埋め込むという感染呪術の応用で、その人形をいわゆる中継器のような使い方をしていたのだ。
一体どれだけの範囲を中継できるのか具体的な数値はわからないが、少なくとも、都市一つ程度をカバーできる程の力はあったと考えられる。
はっきり言って、とても優秀で高度な技術を持った人形師だ。
彼の魔術刻印は何かしらの役に立つだろう。
と、あと少しで自分の別荘に到着する。
人形はこれで全て停止しているはずだ。
「何も起こっていなければいいが……」
しかしそれは、希望的観測だった。
――目の前に移った惨状は、悲惨そのものだった。
英美里の家の周りには人形たちが転がり、その中には組織が作成したキメラもいた。
そして屋根の上には和斗の亡骸と、彼を泣きながら抱いているマイの姿。
英美里には、どんな言葉をかけるべきか分からなかった。それだけの人間関係がこの二人にできていなかったこともあるが、それ以上に、人とあまり関わりを持たなかった英美里には、こういう場合にどのように対応すればよいのか分からなかったのだ。
和斗は背骨が粉々になり、脊髄も損傷。よほど強い衝撃受けたのだろう。内臓はいくつか破裂し、ほとんどがボロボロになってしまっている。
だが、頭部、脳は無事だった。晴眼を万全の状態で回収するために、頭部には気を使ったのだろう。
ならば、まだ間に合う。脳に魂との連結が途切れていなければ、源和斗という存在はいくらでも復活できる。
そう思った、その時だった。
突如として、和斗とマイの身体が白く輝き始めた。
「……は?」
英美里の口から、困惑の声が漏れる。
この光は、魔力の光で間違いない。しかし、長いこと生きた英美里にでも、この現象には疑問を浮かべた。
魔術でも超能力でもない。それらよりも超越した何かが、目の前で起こっていた。
「まさか……願いの具現化……⁉」
願いの具現化。人類にだけ許され、人類誰しもが持つ異能。多くの人間の願いが同一の指向性を持つことで、現実を歪めることが可能になる、人類における魔術の原点。
英美里には目の前で起こっていることが、一体どのような理屈で、どのような原理で起こっているのかわからない。しかし、何が起こっているのかはかろうじて理解することができた。
「キメラの少女の生命力と引き換えに、和斗の身体を修復しているのか……⁉」
ありえないことだ。しかし、そうとしか考えられない現象が、今目の前で起こっていた。
マイの存在や、運命、生命力といったマイを構成するすべての要素をエネルギーに変換し、時間の巻き戻しに限りなく等しい現象を引き起こしている。
「やめろ! 君が何も死ぬことはない。和斗君の脳は無事なんだ。新しい肉体を用意してやれば、和斗はまた君のもとへ帰ってくる! ……だから、――ッ‼」
英美里はマイを止めようとするが、より一層強くなったエネルギーの本流に弾き飛ばされる。
「チッ――、君――!」
『君じゃない』
英美里の脳内に、言葉が響く。
『私は、マイ。マイという、カズトにつけてもらった名前がある』
英美里は突然頭に響いた言葉に困惑する。
「テレパシー……? そうか……これも願いの具現化の力……! マイ! 和斗は無事だ! 肉体としての機能は失われていても、魂の連結は途切れていない! だから、君が死んでまで、彼を彼のまま生き返らせる必要はないんだ!」
『――それじゃダメ!』
「何故……?」
『カズトは私を助けてくれた。命を懸けて、助けてくれた。だから、私はそれを返したい。ここが、私の、私たちの命の使いどころ』
より一層、マイが発する光が強くなる。それはすでにマイだけの輝きではなかった。幾千にも及ぶキメラたちの精神が、その存在を消費して、マイに力を貸していた。
『それに、私にはもう生きている意味はない。役割は終わった。願いは成就した。
だから……、カズトの覚悟と、思いを、私は返す。たとえ短い時間だったとしても、くれたものすべてを、彼に』
「……そうか、君もまた、願いの――ッ‼」
マイから放たれるエネルギーが、衝撃波となって現実にも影響を及ぼし始める。
その凄まじさに比例するように、和斗の身体が、徐々に巻き戻っていく。
粉々になった骨は元の形を取り戻し、断裂した神経は再び繋がり、破裂や傷ついた内臓も、そのすべてが再生していく。しかし、それに伴い、マイの身体は徐々に崩壊していく。
しかし、マイは手を止めない。自らをかえりみず、自分のすべてを和斗に注ぎ込む。
そして――源和斗の肉体は、元の姿に戻された。
■■■
気が付くと、あたり一面が白い世界に、僕はいた。
ひどく殺風景な場所ではあるけれど。不思議といやな気にはならない。
むしろ暖かく、心地いい。
「和斗」
後ろから、声を掛けられる。
後ろにいたのは見知らぬ少女。
でも、その雰囲気には、見覚えがあるような気がした。
振り返った僕に、少女は満面の笑みを浮かべ、
「ありがとう……!」
それだけを言いに来たのか、少女は空気に溶けるように消えてしまい、この白い世界も、消え去った。
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