第8話
律儀に止まった織之助が怪訝そうに眉をひそめる。
その隙に顔の間に手を滑り込ませた鈴は、真っ赤な顔のまま腰をひいて織之助と少し距離をとった。
「……なんだこの手は」
不服そうな声を鈴がほとんど叫ぶよう遮った。
「キャパオーバーです!」
「それはさっき聞いた」
「ちょっとせめて状況を整理……んあ、舐めないでください……!」
抗議を抑え込むように手のひらを舌が撫でた。
その熱い感触に背筋が震える。
ぐっと眉を寄せた織之助が見たことない色を瞳に滲ませて鈴を正視した。
「……いい加減、我慢の限界だ」
「へ……うわっ」
言葉の意味を噛み砕く前に抱き上げられて、思わずその大きな背中にしがみつく。
耳元で織之助が大きく息を吐いた。
「……鈴」
「は、はい」
「抱きたい」
「だっ」
あけすけな物言いに言葉が詰まった。
ただでさえ熱かった頬がさらに熱くなって、へんな汗をかきそうだ。いやもう既にかいてるかもしれない。
すたすたと迷うことなく寝室に足を進めた織之助が、無言でシーツの上に鈴を転がしてそのまま自分もベッドに上がる。
まっすぐ射抜かれた鈴が慌てて片手を突き出した。
「ま、待って、お風呂入りたいです……!」
「……待てない」
「そっ、……んっ」
そんな殺生な、と言う間も無くほとんど食らいつくように唇が奪われる。
突き出した手は捕らえられてシーツに縫い付けられた。
さっきソファーでしたような触れるだけのキスではない。
小さく開いた唇の合間から舌が入ってきて、奥深くを探るように動く。
そのやや性急な動きにくぐもった声が漏れた。
「ん……ぅ……」
自分のより分厚くて熱い舌が咥内をいいように荒らす。
舌を吸われて、撫でられて、甘噛みされて――次々に与えられる刺激に、鈴は息をするのでいっぱいいっぱいだった。
「……鈴」
低く掠れた声が名前を呼ぶ。
その余裕のない表情に、下腹のあたりがきゅんとした。
「織之助さま……」
正直、もうへろへろである。
大した経験のない鈴にとって、織之助のキスは刺激が強すぎた。
(経験値の差……)
ほとんどまわっていない頭でそんなことを考えていると、またすぐに唇が降ってくる。
そのキスに少しでも応えたくて、必死に舌を動かして様子を窺う。
大したことはできていないはずなのに、織之助が何か堪えるように眉を寄せたのがぼんやりした視界の端に見えた。
――ちょっとでも気持ちよくなってくれてるなら嬉しい。
そう思ってさっきより大胆に舌を絡めると、手首を掴んでいた織之助の手に力が入った。
「は……鈴……」
キスの合間に呼ばれる名前が甘くてくらくらする。
どんどん激しくなるキスに合わせて溢れる水音が羞恥心を煽って、心臓が痛いほど鳴っていた。
「ん……」
触れすぎてお互いの唇の境がわからなくなってきたところで、部屋着にしているゆるいスウェットの裾から熱い手のひらが素肌に触れた。
思わずぴくりと跳ねた体を労わるように、ゆっくり腰を撫でられる。
ぞくぞくとした何かが背筋を駆け抜けて、鈴は思わず空いていた手で織之助のシャツを握った。
「煽るな、馬鹿」
「えっ、煽ってな……」
文句は唇に飲まれて消えた。
ぐちゃぐちゃと咥内を掻き回されながら、織之助の手が上へ上へと進んでいく。
その指先が下着の縁に触れて――一瞬ためらったあと、さして大きくもない胸の上に手のひらが置かれた。
確かめるように指がふくらみを押されると、鈴はこっそり息を呑んだ。
顔が沸騰しそうなくらい熱い。
「やばいな……」
うっかりすれば聞き逃しそうなほどの小ささで織之助が吐き出す。
「なにが」と訊き返す余裕もない鈴を、ぎらぎらとした瞳が映した。
胸をすっぽりと覆った手からゆるく刺激が与えられてその生々しさに頭がぼうっとする。
「……かわいい」
そう呟いた織之助の手が胸の上から退き、スウェットの裾を掴んだ。
するすると上に捲られて、鈴は思わず目を強く閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇
「……ごめん」
もはや朝の方が近いんじゃないかという時間になってようやく、織之助が鈴を解放した。
痛くなかったとはいえ初めてだった鈴はいっぱいいっぱいを通り越して、もはや屍のような状態でベッドに横たわっている。
「……おりのすけさま……」
喘ぎすぎて掠れた声が痛々しい。
あれから体勢を変えゴムを変え、結局何回シたのか。数える余裕なんてもちろん鈴にはなかた。
何度目かの後にお風呂に入ったところまでは覚えているけれど、そこから先は記憶がないに等しい。
「…….水飲むか?」
その気遣いをもう少しはやく発揮してほしかった――というのは今さら言っても遅いので。
「のみます……」
力なく頷いて織之助が持っているペットボトルに手を伸ばす。
と、伸ばした手から遠ざけるように織之助はペットボトルを傾けて水を口に含んだ。
(ん……? 織之助さまも喉乾いてたのかな)
そう思ってその様子をぼうっと眺めていると、不意に顔の横に手が置かれ、そのまま整った顔がまっすぐに近づいてきた。
水に触れたからか少しだけ冷たい感触が唇に落ち――、
「ん……」
いわゆる口移しで水が喉を通った。
初めてのことに戸惑う鈴の舌を、織之助が追いかけて捕まえる。
もう水なんてないのにぐちゅぐちゅと咥内を擦られて、まだ余韻として残っていた熱が簡単に呼び出された。
「……まずいな」
それは織之助も同じだったらしい。
「……もうしませんよ⁉︎」
「うん」
ぺろりと唇を舐められて背筋が震える。
「キスだけだから」
そう言うが早いか。
あっという間に唇が塞がれ、熱い舌が口のなかをくすぐった。
(……ほんとにキスだけで終わるんだろうか)
くらくらする頭でそんなことを考えながら、抵抗らしい抵抗もせず織之助に身を預け――、やはりというべきか反故にされかけた約束に鈴は抗議の声をあげたのだった。
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