第3話




「で、織之助と一緒に住むことになったって?」


 うまい具合に丸め込まれて織之助と同棲することとなった翌日――つまりは秘書二日目。

 手始めに正成のスケジュール管理を任された鈴は、社長室の端で支給されたPCと睨めっこをしていた。


「……よくご存知で」

「織之助が言ってたからな」


 おぼつかない手つきでキーボードを叩く鈴を正成がニヤニヤとして見る。

 荷物をまとめる時間がいるので引っ越しは来週末ということに決まったが――正直気持ちがそわそわとしてずっと落ち着かない。

 今日はまだ織之助の姿を見ていないのが幸か不幸か。


(会ってないと考えちゃうし、会ったら会ったでちょっと緊張するし……)


 ふう、とため息をひとつ。

 昨日はいろいろありすぎて眠れなかったのもあり、目がしばしばする。

 滲んだ視界を晴らすように軽く瞬きをして再びパソコンに向かうと、なにか感心するように正成が声を漏らした。


「にしてもお前はそうやって女の格好をしてると女にしか見えないから不思議だ」

「女ですからね」


 やんわりと言い返せば頬杖をついた正成がさらに笑みを濃くした。

 横目でそれを捉えて――なんだか嫌な予感が胸をよぎる。

 

(昔から正成さまは急にとんでもない無茶ぶりをしかけてくるからな……)


 身構えた鈴に、立ち上がった正成がゆっくりと長い足を持て余すように距離を縮めてきた。

 キーボードの上で動いていた指が止まる。

 すぐそばまで歩いてきた正成の手がノートパソコンの背に触れ、そのままパタリと閉じた。


「あっぶな! 指挟まるところだったんですが⁉︎」


 すんでのところで指を引き抜いたため大丈夫だったが、まったく油断ならない。

 勢いのまま正成を睨みつけると、ガッと強く顔を掴まれた。

 両頬を圧迫されて自然と口が尖る。


「前からまあまあ顔は整っているほうだと思ってたが――化粧でさらに良く見えるな」

「はい?」


 細部までしげしげと眺められると流石に居心地が悪い。 

 抵抗するため顔を掴む正成の手を軽く叩いてみるが、いっこうに手は離れなかった。


「身長と……まあもろもろ足りない部分はあるが」

「なっ」


 思わず両手で身を守る。

 特に気にした様子もなく正成はあっさり鈴を解放して、それから自身の胸ポケットから一枚の手紙を取り出した。


「これを」


 そのまま突きつけられ、鈴は訝しみながらも手紙を受け取った。

 上質な封筒に金色の封蝋。パッと見ただけでただの手紙でないことがわかり、鈴の顔がさらに険しくなる。


「これが、なにか」


 硬くなった声に正成は小さく笑った。


「招待状だ」

「なるほど招待状――……招待状⁉︎」


 目を剥いて正成を見る。

 その反応をわかっていたかのように正成が片眉を上げた。


「来週末、徳川ホールディングスの代表が主催するパーティーが開かれる」


 にやりと不敵な笑みを浮かべ――


「それに俺のパートナーとして来い」

「はあ?」


 素っ頓狂な声が社長室に響いた。

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