第7話-2
「ああ……くそっ……! 余計な、体力を……!」
フォルジナは乱れた気息を整え、麻痺の毒が鎮まるのを待った。なるべくならスキルは使いたくなかった……体力の消耗が激しいからである。特に空腹に近い状態での食刃などの使用は負担が大きい。できれば殴るだけで対処したかったが、身の危険を感じたため仕方がなかった。
粘つく粘液を払い落とし、フォルジナは気を取り直して前進する。毒の影響はまだ残っていたが、それもしばらくで全快する。
キラースパイダーの残した痕跡は今の戦いのせいで乱れていたが、少し進むとまた残っているものが確認できた。横穴などには入らず、ほぼ一直線にどこかに進んでいるようだった。
またヌタヒトデのような魔獣に出くわさないように警戒しながら進んでいく。やがて、闇の向こうに仄かな光が見えた。
「地上……? 違う、別の光……?」
洞窟は下向きであるため地上や空の明かりではない。だとすると別の光源だが、まさかこんな地下に人が住んでいるはずもない。だがフォルジナは警戒しながら進んでいく。
距離が近づき、フォルジナの目で辛うじて見える距離にまで来た。そこは別の空間に続く裂け目。そこから光が漏れていた。
「光……嘘……?!」
見えたのは発光する水晶だった。それだけではない。金、銀に煌めく岩。赤や青色の深みのある光。緑色の星が瞬き、山吹色の光が木漏れ日のように光る。様々の色の宝石。
幻想的な光景にフォルジナは一瞬目を奪われる。だがこれまでで一番濃い魔素の痕跡に意識を引き戻される。キラースパイダーのものだけではない。これは、桁違いに強い魔素の反応だった。宝石が光っているのも、強い魔素の影響だと考えられた。
「たくさんの宝石……つまり、当たりって事……?!」
好奇心を抑えながら、フォルジナは一歩、また一歩と裂け目に近づき、宝石の生える空間へと歩み寄っていった。
「すごい……これ全部宝石?!」
目の前に広がるのはほぼ一面の宝石。地面、壁、天井からも水晶や宝石の塊が生え、煌びやかな光を放っていた。空間の広さはざっと
これだけの宝石があれば一国の財政を揺るがせる……市場に出れば価格は一気に混乱するだろう。フォルジナは金銭にさほど興味がなかったが、目の前にあるこれだけの財宝には仰天していた。
だが問題はケンタウリの安否だ。ついでに、ローデンス親衛隊も。キラースパイダーの足取りはここで途絶えている。フォルジナは宝石の放つ光に目を凝らし隅や窪地の暗い部分に目を凝らす。
「あれ……? 蜘蛛の巣……巣が、あるわねェ……」
宝石の間の中程、天井が高くなり暗くなっている部分がある。そこが時折キラキラと光を反射していたが、天井に何かがあるようだった。宝石ではない。白い玉のようなものがいくつもぶら下がっている。
「キラースパイダーの巣ってこと? ジュエルビーストじゃないの……?!」
目の前に広がる宝石。そして強い魔素の反応にジュエルビーストを期待したが、見えるのはキラースパイダーの痕跡のみ。そして天井に張られた巣もキラースパイダーのものだろう。
この空間を満たす魔素はキラースパイダーを遥かに凌駕する強さだったが、山の奥深くで進化した個体という事もあり得なくはない。
「あの玉は蜘蛛が餌を保管するための玉に似てる。恐らくケンタウリたちはあそこに吊るされてるのねェ……」
蜘蛛系の魔獣は種類によっては捕まえた獲物をすぐには食べず、糸でくるんで卵と一緒に保管する習性を持つものがいる。生まれてくる子供たちの餌にするためである。フォルジナは過去の経験でそれを知っていたので、捕まったケンタウリたちもそこにいると判断した。
すっ――と闇の中で何かが動いた。足音も立てず、八本脚の影が俊敏に忍び寄る。
「ちっ……見つかったか」
暗がりからキラースパイダーが飛び出し、前脚と上体を大きく持ち上げ、フォルジナを踏み潰そうと脚で狙ってくる。フォルジナは帽子を押さえながら横に飛んで躱し、キラースパイダーと相対する。
キラースパイダーは獣のように吠えることはせず、静かに顎を開きフォルジナへと照準を定めた。
一番前の脚が素早く動く。剣の打突のように鋭い一撃がフォルジナを襲う。脚を左右に変えながら、前進しつつキラースパイダーは攻撃を繰り返す。フォルジナはそれを身をよじって躱し、体捌きだけでやり過ごす。ひらりひらりと風に舞う落ち葉のような動きだった。
焦れたのか、キラースパイダーは上体を浮かし、フォルジナに覆いかぶさるように襲い掛かった。開かれた鋭い牙。まともに受ければ人間などひとたまりもない。
そう、まともな人間であれば――。
次の瞬間、キラースパイダーの顎が砕かれていた。放たれたのは拳、フォルジナの正拳だった。それが襲い掛かる鋭い顎を真下から捉えていた。自重とフォルジナの拳の威力を受けた甲殻が潰れ、白い体液を零しながらキラースパイダーは堪らずに後ろに下がる。
「逃がさないわ、よっと!」
追撃は一瞬だった。一歩の踏み込み……それだけで間合いを詰め、攻撃に必要な威力を貫き手に込める。キラースパイダーの顔面を正面から突き刺し、そして今度こそキラースパイダーは絶命した。
「こいつらなら
絶命し倒れ込むキラースパイダーに背を向け、フォルジナは近寄ってくる他のキラーススパイダーを睨む。
ざっと一〇体のキラースパイダーがこの空間にいるようだった。一体一体はさほど問題ではないが、一度に相手にするとなると厄介な数だった。それでも体力が十分であれば勝つことはできる。だが、今の腹具合では少し心許ない。
「ま、やるしかないわねェ……」
静かに闘気を高め、フォルジナは息を吐いた。身の内にある余計な感情を吐き捨て、目の前にある脅威に対処する。今までもそうだった。これからもそうだ。何も変わりはしない。
鋭く呼気を発し、フォルジナが地を蹴った。狙うは一番手前のキラースパイダー。相手の反応より速く動き、顔面に突きを入れる。
「はあっ!」
目と目の間、顔の真ん中部分の甲殻が割れ内側にまで拳が落ち窪む。即死だった。
「次ッ!」
死んだキラースパイダーの前足をくぐり、二匹目のキラースパイダーに攻撃を仕掛ける。フォルジナに気付いてキラースパイダーは前脚で払ってくるが、それを運足で躱し両手でいなしながら接近する。
顔の真下部分に当たりをつけ喉らしき部分を掴み抉り取る。バキバキと甲殻が砕け、そしてその隙間から手をねじ込み脳を破壊する。キラースパイダーは数度体を震わせてから崩れるように倒れ伏した。
次の敵を倒そうとしたところで、奇妙な事に気付いた。キラースパイダーたちが……襲ってこない。まるでフォルジナに恐れをなしたかのように距離を取り様子を見ているのだ。
「びびってんのォ……だったら好都合だけど……」
ケンタウリたちを助ける障害になるからキラースパイダーたちとも戦っていたが、こちらの様子を静観しているだけなら大きな問題はない。このままどこかに逃げて行ってくれればその方がいい。
フォルジナは不審に思いながらも、ケンタウリたちが吊るされている場所まで走っていった。
次の瞬間、強い気配を感じたのはフォルジナの本能とでもいうべきものだった。生命の本能……強者への恐怖。それがフォルジナを救った。
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