第5話-2
玄関から続く廊下を抜け、フォルジナさんに続いて部屋に入る。部屋の様子に、俺は思わず声を上げた。
「うわあ……すげぇ……!」
そこは客間のようだったが、手前と奥の壁には
だが何より気になったのは、この客間が広すぎるという事だった。さっき外から見た感じでは、この客間は手前の小さい家の中にあるはずだ。しかしこの客間の大きさは外から見た大きさとは釣り合わない……どう考えても大きすぎる。
奥の増築した部分と繋がっているにしても、やはり大きすぎるように感じる。目の錯覚なのだろうか? 俺は部屋を見回すが、何度見ても違和感を拭えなかった。
「さて、茶でいいかな? 私は酒を飲むが」
「お茶でいいわァ~」
「そっちの君も」
「はい。同じもので……」
俺が答えるとライオネルさんはおかしそうに笑った。
「はっはは! 同じでいいか! よかろう、マーガレット。ジブ茶を二人分用意しろ」
背後でカタカタと音がして、振り返るとさっきの生き人形、マーガレットがいた。マーガレットはライオネルさんの脇を通り過ぎ、そのまま奥へと続くドアを開けて部屋を出ていった。
「ふむ、まあ座れ」
フォルジナさんは背中の荷物をソファの後ろに置いて座る。俺も同じように荷物を置いてフカフカのソファに座る。フカフカ過ぎて逆に座りづらいほどだ。
「あれから半年か。新調したのがそれか?」
ライオネルさんは眼鏡を外し裸眼でフォルジナさんを見る。
「ええ、今度のもアイアンバッファローの革で作ってある。二か月くらいかかったそうよ」
「その悪趣味な帽子もか」
右手で帽子のつばを撫でながらフォルジナさんが答える。
「悪趣味というのは見解の相違ね。私にとっては無くてはならないアイテムよ」
「ふん、魔獣の返り血を防ぐためにかぶっとるだけだろう」
「その意味もある。ぶん殴るとみんな血反吐を吐いちゃうから」
「それで……」
ライオネルさんはフォルジナさんから俺へと視線を移す。
「私にはそっちのお連れさんの方が気になる」
「でしょうね。ライオネル、この人はケンタウリ。なんと、世にも珍しい魔獣料理のスキルを持ってるのよ。ケンタウリ、このおじさんは魔術師のライオネル。昔からの知り合いで、色々と世話になっている」
「持ち込まれる厄介ごとには迷惑しておるがな」
「その分見返りもあるでしょォ? 希少な鉱石や生体材料とか……」
「ふむ、しかし魔獣料理とはな? お前さんも魔獣を食わねば生きていけぬ体なのか?」
「あ、いえ、俺は……異世界から転生した時に草原に放り出されて、それでしょうがなく魔獣の死体を食べたんです。そのせいでスキルが身に付いちゃって……」
「ほう、草原に放り出された……そんな奴もいるんだな。他に使えるスキルはないのか?」
「今の所は特にありません。戦いに役立つようなスキルがあるといいんですけど……」
「そうか……」
ライオネルさんは面白いものでも見るように俺とフォルジナさんを交互に見た。
「フォルジナにとっては幸運だな。魔獣料理とは、正にお前の為にあるようなスキルだ」
「そうなのよォ!」
目を輝かせてフォルジナさんが反応する。
「つい一昨日もロックリザードをやっつけたんだけどね、ケンタウリに料理してもらったのよ! ステーキに、串焼きに、あとなんだっけ……なんとか煮!」
「時雨煮です。生姜は入ってないですけど」
「そうそう、時雨煮! 甘辛くって美味しいのよ! 今までたくさんの魔獣を食べて来たけど、今までで一番美味しかった! 魔獣も料理すればおいしくなるなんて考えたこともなかったわ」
「そうか。そりゃあよかったのう」
奥のドアが開き、カートを押しながらマーガレットが近づいてくる。茶器やカップが乗せられていて、これもなんだか高級そうなものに見えた。
テーブルの脇にまで来るとマーガレットは止まり、カップにお茶を入れた。黒っぽい色のお茶。匂いも何だか……胡椒みたいなスパイシーなものに感じる。ジブ茶って言ってたっけ? 聞いたことの無いお茶だった。
お茶の入ったカップをマーガレットが運ぶ。ライオネルさんはカートの下の段から酒瓶とコップを取って自分で注いでいた。
俺はカップの取っ手を持ち、お茶を口に運ぶ。何だかフォルジナさんとライオネルさんが俺の事を見ているような気がしたけど……気にせずお茶を飲む。
「う……ぶ……?!」
口の中で匂いが爆発した。衝撃的な味。舌が痺れるほどの苦みと、鼻の奥を強く刺激する香り。本当に口の中で爆発が起きたみたいだった。
「あははは! 本当に飲んじゃった!」
「ふふ……フォルジナと同じものでいいと言ったのはお前だからな?」
「うぶ……ぁ……」
口の中のお茶をカップに戻すわけにもいかず、俺は何とか口の中のお茶を飲み下す。今度は喉と食道に灼けるような刺激があった。これ、本当に大丈夫な奴なのか?!
「あーおっかしい……ジブ茶はね、魔素を含んでいるお茶なの。人体に害を与えるほどじゃないけど、その味と香りは……今分かったわよね。すっごく刺激的なのよォ……ふふ、まあケンタウリは魔素にも耐性があるから平気そうね。本当に普通の人が飲んだら気絶するかも」
「……わ、分かってて飲ませたんですか?! そんなお茶を」
俺の言葉にも、フォルジナさんは悪びれることなく答える。
「だって、同じものでいいって言ったから」
「だからって……こんな変な物飲ませないでくださいよ!」
「変な物とは失礼な」
今度はライオネルさんがカートから小さな壺みたいなものを手に取り俺に言う。
「この茶葉はここで作ったものだが……」
壺を開け中の茶葉を一つまみし、俺に見せるように差し出す。
「新鮮なものでなければいかんからまず茶を育て、そして新芽だけを採取する。加工にもいくつもの段階があり、普通の茶よりも手間がかかっている。そのほとんどはマーガレットの手によるものだ。なあ、マーガレット」
カートの隣のマーガレットは喋らないが、小さく首肯した。
「……変なものって言ったのは訂正しますけど……だからってやめてくださいよ。こんなもの飲んだら舌と鼻が馬鹿になっちゃいますよ」
「あら、それは困るわね。そうなったらライオネルのせいね」
「いや、淹れたマーガレットのせいだ」
マーガレットはまた小さく首肯していた。本当に内容を理解して反応しているのだろうか。ちょっと怪しいが、とにかくこの二人は一緒になって俺をからかう程度には仲がいいらしい。昔からの知り合いというだけあってお互いをよく分かっているようだった。もちろん、フォルジナさんのスキルや体質の事も知っているのだろう。
「話が全然前に進まないわね。何だっけ? えーと、そうそう。この服をまた強化してもらいたいのよ。いつも通りにね」
「よかろう。で、前に頼んだものは持ってきたか?」
「ええ」
フォルジナさんは自分の隣に置いてあったポシェットから何かを取り出す。包んでいる布を取ると中には瓶があって、その中には虹色の粉のようなものが入っていた。
「タマムシ蝶の鱗粉。苦労したのよ? 三十羽くらい捕まえたわァ~!」
「ふむ、量は十分なようだな」
瓶を受け取ると、ライオネルさんは光に透かすようにして下から見始めた。
「こいつには魔力を弾く性質がある。うまく加工できれば対魔術用の装備を作れるじゃろう」
「百年後くらいにでしょ?」
冗談めいたフォルジナさんの言葉だったが、ライオネルさんは大まじめに頷いて答えた。
「うむ。一人で研究するとどうしてもそのくらいかかるからな。出来たらおまえの装備にも施してやろう」
「その時は頼むわ」
「で、強化するのはお前の装備だけか? ケンタウリ君の分もか?」
「両方お願いするわ」
「ふむ……では、調理器具はどうする?」
ライオネルさんの質問に俺とフォルジナさんは顔を見合わせる。
「調理器具を……強化するって事ですか?」
俺が聞くと、さも当然とばかりにライオネルさんが言う。
「魔獣を料理するんだろう? 何度も魔素に晒されると強度が低下する。鎧や剣と同じだ」
「えっ?! 魔獣を料理してると道具も駄目になっていくって事ですか?」
俺は自分の持っている調理道具を思い返す。ロックリザードの肉を調理した時は特に感じなかったが、あれも鍋やフライパンに負担がかかっていたという事か。それよりも包丁だ。もし包丁が折れるようなことになれば……それはアイギアさんに申し訳ないし、俺の心情としても壊れてほしくはない。
「強化って……いくらぐらいかかるんですか?」
「物の大きさによるが……一個十万ダスクといった所だな。色々と素材を消費するからな」
「十万……」
手持ちの金は数万ダスクだ。とても払える金額じゃない。だが鍋やフライパンは替えがきくが、包丁だけでも何とかしたいところだ。
「ケンタウリ、お金は私が支払うから気にしなくていいわよォ」
「えっ?! いいんですか?」
「あなたの調理器具が駄目になると困るのは私だからねェ。必要経費よ」
良かった。それなら……ここはフォルジナさんに甘えておこう。
「じゃあ、俺の調理器具もお願いします」
「あい分かった。強化が必要な物は隣の工房に並べておけ。二日ほどで終わるだろう。それまではここでゆっくりしていけ。カケーナに戻るなら止めはせんが」
「ここで休ませてもらうわ。ケンタウリもそれでいいでしょ?」
「はい。それでお願いします」
「うむ、そうと決まったら炉に火を入れてくるか。お前たちの部屋は離れだ。フォルジナ、ケンタウリ君を案内してやってくれ」
「分かったわァ」
ライオネルさんは席を立ち奥の部屋に行った。マーガレットもカートを押しながら部屋を出ていく。
「どうだった、ライオネルの印象は?」
・誤字等があればこちらにお願いします。
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