完全食撃の女王と魔獣料理人

登美川ステファニイ

第1話 出会い

 飛び交う怒号。焼ける肉。スープの中で舞い踊る野菜たち。キッチン。そこは戦場さながらの忙しさだ。その中で俺は孤独に腕を振るう。さながら万の槍に囲まれた一兵卒と言った気分だ。

「おい! スープが来てねえぞ! さっさと持ってこい!」

 うるせえ自分で持っていけ! と言いたいのをこらえて俺はスープの味を調え、肉を切り、フライパンの火加減を調整し、青菜を刻み、そしてスープの入った鍋を運ぶ。邪魔だ、どいてくれ!

「お待たせしました」

 待っているのは四十人の戦士達だった。

 リザードマン討伐隊。ここから北東にあるハインエア山脈近くの村が最近リザードマンに襲われ、カケーナの町議会がギルドに退治を依頼したのだ。リザードマンは約二十匹。討伐隊の人数は四十人でその倍というわけだ。

 リザードマンは力が強く体も鱗に覆われていて強靭と聞くが、その分知性は低いらしい。だから倍の人数で、数を頼んで退治しようという事だ。だが突発的な任務で集まりも悪く、カケーナの町だけでなく周辺の町にも依頼をかけたらしい。そして集まったのがこの四十人だ。知性はリザードマン並みだ、きっと。

 そして俺はといえば、四十人の戦士たちの勘定には入っていない。四十一人目。俺は、料理人だ。

 今回の討伐は一週間を予定している。三日で根城を探し出し、三日で片付ける。予備日が一日だ。

 こう言う短期の任務の場合、食事は携帯糧食で済ませる場合もあるらしいが、幸いにも町や村から近い。最初に町から持っていって、途中で村から食料を受け取れば、任務中もずっと新鮮な肉や野菜で調理することができる。美味しい食事というのは士気にも影響するので、今回は料理人を雇うことになった。そして雇われたのが俺だ。今俺が置かれている状況を考えると、これは貧乏くじを引いたと言えるだろう。

 しかし、溜息をつく暇さえ惜しい。俺の仕事は山のようにある、いや、その山が崩れて土石流になっている。

 戦士たちは五、六人ごとに車座に座り、スープの入った小鍋を囲んでいる。パンの入った籠とステーキを持った皿を配膳し、そこから各自好きな量を取って食べてもらう。パンは俺が焼いた焼きたての自信作だ。一人ひとり給仕していたのではとても間に合わないので、やむなく大皿から自分で取り分けるよう簡略化した。しかしそれでもこいつらには上等すぎたかもしれない。全部鍋に突っ込んでやりたいくらいだ。それでも平気で食ってそうだ。

 酒は俺が出さなくてもこいつらが勝手に出して飲んでいる。楽器を演奏する奴。焚火の周りで踊る奴。レスリングをしている奴。もう好き放題だ。

 喧騒と人の隙間を縫いながら動き、かがり火をよけて進む。せめて行儀よく座っててくれればいいが、こいつらにはほど遠い言葉だ。何で槍を振り回しているんだ? 刃物をおもちゃにするな。

「おい何で俺のスープに肉が入ってないんだよ、野菜ばっかりじゃねーか!」

 中身の入ったお椀が飛んできて頭から被る。煮込んだキャベツが俺の目を瞼の代わりに塞いだ。スープをよそったのはお前なんだから自分で何とかしてくれ。

「おいおいやりすぎだろー!」

 野卑な笑いが起こる。なんて程度の低い連中だ。深夜のファミレスよりひどい。

 町議会からギルドに依頼したので結構重要な仕事だと思うが、しかし町の予算であるだけに金払いはあまり良くなかったらしい。道中で聞こえてきた戦士たちの会話からすると、一人頭二万デクスらしい。命がけで戦う戦士の給料としては安い方だ。リザードマンの脅威度がその程度という事でもある。しかし、最低ランクに近い給料で集まってくる連中の程度もまた高くはないというわけだ。

 あまり人を侮辱するようなことは言いたくないが、一日中どこの女とやっただの、喧嘩で誰を殴った刺しただの、そんな事しか話題がない連中は、少なくとも高潔な騎士なんかとは比べるべくもない。

 俺は頭についたスープの具を払い落す。うん、いい味が出てる、とか言ってる場合じゃない。ああ次のスープを持っていかないと。煮えすぎると具材が柔らかくなりすぎる。こいつらは気付きもしないだろうが、それは俺の最後の矜持だ。せめて料理に対してだけは、いい加減なことをしたくはない。

 くそ。こんなんじゃ異世界に転移する前と何も変わらない! うんざりだ。しかし金がない今は、こんなごろつきどもの料理番でも引き受けるしかない。ギルドにも無理を言って紹介してもらった手前、簡単にやめるわけにもいかない。何せ今日は一日目なのだ。しかしもう俺は限界かも知れない。あと六日間? 冗談じゃない。

 それにしても、こいつらはそろって馬鹿なのか? 何故四十人もいるのに俺一人でさばききれると思っているんだ? お前たちは自分の親が台所でどれだけ忙しくしていたか見たことがないのか? せめてもう一人いれば調理と給仕を分担できるものを。

 ああ、駄目だ。無駄な怒りだ。その思考のエネルギーを調理に回そう。

 おお、食材よ。お前たちはなんて素敵なんだ。俺が調理した分だけ忠実に姿を変えてくれる。おっ、こっちのステーキはそろそろいい火加減だな。次の肉を用意しないと。

「だから全然足りてねえって言ってんだろ! 何やってんだおめー!」

 今度はパンが飛んできた。ドッと笑いが起きる。おーおーいいご身分だなてめえら。食い物を粗末にしやがって。生のジャガイモでもかじってろ、唐変木。

「すぐに持っていきまーす」

 適当なことを言いながらなんとかこなしていく。全く、こんなんじゃ給料に合わない。




・誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16817330652229827628

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る