アジサイの約束

古河楓@餅スライム

第1話 序章

 山陰の山奥。清流と緑が織りなす絶景とは裏腹に少々開けた河原では物騒な事が起きていた。輪の中心にいる男は所々から血を出しながらもボクシングのファイティングポーズをとって仁王立ち。そして輪を形成しているのは金属バットのようなものを持った10人程度のガラの悪い男たち。


「おいおい……これだけ殴らせてやったのにまだ俺を倒せねーのか」

「化け物か……“大山の槇”は」

「こいつ……おい、さっさとケリつけるぞ!」


 所々に青いあざを作り、目を細める少年に向かって1人の合図とともに動き出す無傷の半グレ。傍から見たらこれはもう勝負にならず集団リンチのようになってしまう――


「さて、そろそろいいか」


 が、その瞬間に輪の中心にいる少年の闘志が全く別物に変わる。それは立派にそびえる山のように、激しく落ちる滝のように、綺麗に流れる川のように。自然と一体化したような迫力を感じた時には、既に遅かった。


「おらぁぁぁぁ!」


 気合とともに出された右ストレートは、振り下ろされた金属バットにぶつかり、“ぐしゃっ”という金属を変形させる音とともに1人を吹っ飛ばす。次に横合いから振り下ろされるバットを半身で躱し、今度は顔面に思いっきり右ストレートが決まる。と、同時に背後から来た2人が奇襲を仕掛けようとするも……彼はそれすらも見えていた。素早いバックステップで避けて、素早く懐に潜り込んで3人目の方にアッパーを食らわせ、腕を掴んでバランスを崩した4人目の方に投げつける。すると投げつけられた3人目と4人目は見事に頭と頭がまるでビリヤードの玉がぶつかるように激突してダウン。


「な、なんだと!?」

「一気に4人がやられた……!」

「っしゃあああああ!」


 少年は、一瞬で仲間をやられた敵が感じた動揺を見逃さなかった。目の前で一歩後ろに後退した敵に向かって鋭い踏み込みを見せると、左のアッパーが確実に顎を打ち抜く。その敵がゆっくり白目をむきながら崩れ落ちるのを見た瞬間、残りの5人にはもう戦う気力すらなくなってしまった。


「ひ、退くぞ! ありゃ無理だ!」

「お、おう! 覚えてろよ!」


 勝てないと察したのだろう。残った5人はゆっくりと後ずさりをするとすぐに森の中へ消えていった。ちなみに倒れた残りの5人は完全に気を失っていて、当分起きる気配はないようだ。


「はぁ……どうにかなったか」


 少年は他に危害を加えるものがいないことを確認すると「毎度毎度迷惑だな」と言い残してその場を去っていった……。


  〇 〇 〇


 鳥取県大花村。伯耆富士とも呼ばれる大山の麓にある村は、これといった出来事もなくゆったりとした空気が流れている。その中、落合集落の診療所で俺――槇和也は今日もケガの治療を受けていた。

集落で一番……いや、村で一番喧嘩が強い俺はこの辺りでは“大山の槇”として名が通っている。そのせいかいつもどこからか噂を聞きつけてきたアホどもに絡まれているのだ。


「まったく……カズ、たまには喧嘩を回避できんのか」

「ああん? 挑まれたからにゃ受けて立たねぇと男じゃねぇだろ。怖いから喧嘩しませんなんて集落中の笑い門になるじゃねぇか」

「既にこの集落ではお前の不良っぷりが噂になっとるんじゃが」


 俺は基本喧嘩を売られたら全部買う。それがたとえ今日みたいに多人数でも。そうじゃねぇと間抜け腰抜けとまたすぐに笑い者になる。それがこーいう片田舎に住んでると起こるデメリットだ。ただ目の前の診療所の爺さんは逆に俺が不良として名が通ってると呆れながらも頭に包帯を巻きつけてくる。

 しかし、今回は過去一できつかった。無理やりバットを拳で合わせたから右手の骨はヒビが入り、頭部から出血。その他打撲やあざ多数。一度全部の攻撃を受けてから倒すという俺の喧嘩のポリシーのせいでこうしてケガをすることが多い。なぜかって? そりゃあもちろんあの山みたいにいくら傷つけてもびっしりそびえたっていた方がかっこいいからだ。


「まったく……今月から“なぜか”高3になったお前は喧嘩なんかしてる暇ないじゃろ……・進路はどうするつもりじゃ」

「進路? そんなもん。俺の頭じゃ大学なんて入れねぇんだからそこらに適当に就職してやるよ」

「これだから最近の若もんは……世の中気まぐれで生きれるほど甘くないとなぜわからん……」


 さあ、今日も出ました70過ぎた老人のうらしい独り言。10年も前から会うたびに高確率で聞かされているから耳タコだ。おそらくこの無駄にでかい木造の診療所の板材もこの言葉にはうんざりだろう。


「つーか、爺さん。あんたまだこの診療所閉めねぇのか?」

「はっ、週に2回の頻度で利用してるお前が何を言う。ここは隣の集落含めて、この辺りでは唯一の診療所じゃ。閉めたら車で1時間はかかる市街まで急病人は行かなくてはならぬ。

そしてここは――“休養所”でもあるからのぉ」


 “休養所”というのは全国に15か所ほどあるとある施設。役割は特定の条件下にあった患者の精神を穏やかにするための“セラピー”を施す場所。大花村のように景観がよくのんびりとした時間が流れるようなところに政府が指定して設置している。


 で、その条件とは……“アンドロメダシン”という薬を服用している末期段階の症状の患者。わかりやすく言えば既に余命宣告がされいる者たちが最期の時間への安らぎと恐怖を緩和するための施設だ。同様の理由で作られた都市……広島県の四葉町というものがここからまっすぐ瀬戸内海側に行くとあるが、ここは大山の緑と片田舎であるという理由から指定されたのだそう。


「だったら他の診療所とかにそれ移してもらえばいいだろ。こんな山奥なんてどこにでもあるもんだろ」

「休養所にできるのは特殊な資格を持った医師が常駐しているところだけ。じゃが、その資格を持っているならもっといい働き口が都会にはいっぱいある。だからほとんど代わりがいない。じゃからまだワシは現役でこうやって医師をしてるんじゃ」

「ほーん……都会ねぇ」


 ここら辺の都会と言ったら松江か米子だろうか。鳥取はここからではかなり距離があるし、マンションが立ち並ぶところはそこくらいしかないだろう。

 そして、都会といえば……今から10年くらい前に幼馴染が移り住んでいった場所でもある。


 当時、仲がよかった2歳年下の女の子だった。その時は


『おおきくなったら、おにいちゃんのおよめさんにして!』


 という言葉に大きく「うん!」と頷いていたが……いかん、そう考えると今の俺はどうもかなりのチンピラに育ったらしい。いや、そう冷静に考えてはだめだ、ここまで女々しいなど“大山の槇”の名が泣くというものだ。


 ただ、それとは別に元気かどうかは気になるところだ。数年前くらいは年賀状くらい来たものだがある年を境にぴったりとやんでしまった。それも去年くらいにふと気づいたものだから、こっちから手紙を出そうにも今も数年前と同じ住所に住み続けているとわからないから下手に送ることはできない。


 やれやれだ。


「はぁ……ほれ、終わったぞ。とりあえずお前の骨は丈夫だができるだけ右手は使うんじゃないぞ。推奨しているわけじゃないがまたすぐ喧嘩をしたいならやめておくんじゃな」

「わかった。サンキュー爺さん」

「ああ、そうだ。今は1人入院患者がいるから静かに帰るんじゃぞ。いいな?」

「へいへい。わぁーった」


 どうやら今日は珍しく入院患者がいるらしい。どうりで靴箱の靴が1つ多かったと思いながら席を立つと、診療室のドアを開けて廊下に出る。うっかり右手で開けようとして爺さんに「右」と言われて気づいたというのは黙っておこう……。


 窓の外の桜が散っていく中、ギシギシと音をならす木造の廊下を歩き玄関を目指す。始業式は2日後というのに花はそれまで待ってくれなさそうだ。まあ、別に俺を含め10人もいない小・中・高が全部入った分校のものだから別に問題がないとも言い切れよう。


 さらに少し歩き玄関までやってきた俺は、爺さんに強く言われたのもあって、素直に靴を履いて診療所を後にしようとして……その歩みを止めた。


「あれ? お客様ですか……あ、血が! 待っててください、今すぐおじいさんを!」


 俺が横開きで建付けの悪いドアをガラガラっと開けた時だった。入ってすぐ横の病室のドアが開き一人の少女が玄関にやってきた。少々茶色がかったロングの髪と少々幼さを残した顔立ちに入院服。どうやら爺さんが言っていた入院患者だったようだが、俺はその顔に見覚えがあった。


「佐奈……?」


 既に治療済みだが、服に残った血を見た少女は俺が来た道を小走りに行ってしまう。その後ろ姿と走り方を見ていつの間にか彼女の名前を呼んでいた。


 そう、彼女こそ俺が10年前に別れた幼馴染、“佐奈”だった。

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