最近、私の家に居座る友人について思うこと
@peipei0726
最近、私の家に居座る友人について思うこと
ヒトペリカムをご存知だろうか。もし、知らないと言うのなら、それは本当に知らないのか、もしくは単に忘れてしまっているのか、どちらかだ。ほとんどの人が後者だろう。ヒトペリカムは人の記憶に残らない。せいぜいもって、2日ほどだと言われている。なぜなら、不思議な事に印象と言うものがまったくないからだ。ヒトペリカムは、人間がこの世界に住みだしてから、人間たちと一緒にずっといる。私たちの親の、親の、その親よりもずっと昔から。ヒトペリカムは、人が住んでいるところへ現れる。20センチから30センチくらいの背丈で、人の形をし、顔は体の半分を占めるほど大きく、目は細くつり目。体は赤ん坊の様に丸くて可愛らしいのに、顔は年老いていたり、女だったり、男だったり。顔立ちは様々だが、ひとつ共通として言えるのが、その表情からは生き物の温かみと言うものがまったく感じとれないところだろう。個性もない。先ほど言った通り、印象がまったくないのだ。
ヒトペリカムはどの様なものを食べ、どの様に暮らしているのか、それは今でも分かっていない。ある人は、人の住む家に現れるから、人の何かを養分にして生きているのだろうと言うが、実際のところ、特に害があったという報告は無い。またある人は、ヒトペリカムは西洋の小人や日本の座敷わらしと同じで、住む人に幸福をもたらすと言うが、こちらもべつに得をしたと言う報告は無い。彼らの生態はさっぱりわからないのだ。
今年の始め、私の家にも一匹のヒトペリカムが現れた。いや、もっと前から私の家に住んでいたのかもしれない。印象が無いので、いつから居たのか覚えていないのだ。
ある日の事、私が仕事を終えて家でくつろいで本を読んでいる時、ふと、喉が渇いたのでお茶を飲もうと冷蔵庫へ向かった。冷蔵庫の扉を開け、やかんを手に取ってみるとやけに軽い。その日はお茶を作る事をすっかり忘れていたらしい。やかんを傾けてみても、コップの半分もいかない程のお茶しか入っていなかった。私が「はあ、、」とため息をつくと、隣にいたヒトペリカムが声をかけた。
「ずいぶんとつかれているね」
私は「ああ、近頃はちょっと忙しくてさ」と答えると、ヒトペリカムは、
「さいきんはかえりがおそいものね」と返した。
私は「そうだね」と言って、また本を読もうと椅子に戻った。椅子に座って読書を再開しようとした時、私は先ほど何者かと喋った事、つまり何者かがこの家に居座っている事を、その時初めて気が付いた。慌てて冷蔵庫まで戻ってみると、一匹のヒトペリカムがテーブルに座ってこちらを見ている。噂通りの醜いバランスをした体で、顔だちは私と同じくらいの年に見えた。私の驚いている表情を見て、ヒトペリカムは不思議そうに「どうしたの?」と尋ねた。
「君はいったい何者なんだ?」
「なまえなんてないよ。だってヒトペリカムだからね」
「いつから私の家に居るんだ?」
「ずっとまえからだよ。きのうもおしゃべりしたのに、おぼえてないの?」
「ああ、覚えていない」
それを聞いたヒトペリカムは、腹を抱えて笑った。テーブルの下に転げ落ち、大袈裟なくらいに笑い転げた。
「君はずっとこの家に居座るのか?」
ヒトペリカムは笑うのをやめた。
「ああ、いるよ。きみのことがきにいったからね。でも、わるいことはしないよ。きみにめいわくなんかはかけない。ほら、だっていままでもきづかなかったんでしょう?」
「それはそうだね。わかった。迷惑をかけないのなら許そう」
「めいわくは、かけない。りっぱなヒトペリカムは、そんなこと、ぜったいにしない」
次の日の朝、目覚めると私は昨日の事をすっかり忘れていて、朝食の最中に再びその生き物を見つけて驚く羽目になった。だが、一度その生き物を認識してしまうと、もうその存在を忘れる事はなくなった。それから、私とヒトペリカムの共同生活が始まった。
私の家に住み着いたヒトペリカムは、とてもお喋りだった。全てのヒトペリカムがお喋りと言うわけでは無いのだが、とにかく、私の家に住み着いた奴はそうだった。そして、例外なくその話はつまらなかった。オチはもちろん、起承転結などは皆無で、ただただ言葉をつなげているような話を永遠としているのだ。私の記憶に残るような話は何一つとしてなかったし、ヒトペリカムが喋っている事自体、気付かないこともあった。私が食事をしていようが、くつろいでいようが、ヒトペリカムは喋り続けた。
「ぼくは、さいきんね。いや、さいきんとはいっても、にしゅうかんくらいまえかな。あ、でももうちょっと、まえかもしれない。えーと。にしゅうかんくらいまえって、さいきんっていうのかな。さいきんっていったら、にさんにちまえのことのようなきがするね。でも、はなしのながれによっては、いちねんまえくらいのことでも、さいきんっていうね。さいきんっていうことばは、つかいずらいなあ。えーと、…ちょっとまってね。うーん。じゃあ、ぼくはついこのあいだね。いや、このあいだっていうのは、つまり、にしゅうかんくらいまえにね。…あれ、ぼくはなんのはなしをしたかったんだっけ?、、」
こんな具合に永遠と喋り続ける。小さな体に見合わず、声の大きさは大の大人と変わらない。しかし、不思議と意識をしなければ、まったく耳に入ってこなかった。
ひとしきり喋り終わると、ヒトペリカムは私の食器棚にある皿の枚数を数えるという遊びを始める。皿を数え終わると、今度は木でできた床の木目を数え始めた。そんなこんなで家にあるものをひとしきり数え終わると、今度は散らかった洋服ダンスの中を綺麗に整理し始め、終わるとまた、元どおりの散らかった状態に戻すという遊びを始めた。それも、整理する前とぴったり同じ状態に。この様な遊びの何が楽しいのかはわからないが、ヒトペリカムはそういった無意味な遊びが大好きなのだ。勿論、私の迷惑となるような事は絶対にしない。邪魔に思うことはなかった。
ヒトペリカムが私の家に住み始めてから一ヶ月が経ち、私はある発見をした。私の生活に変化が現れたのだ。ヒトペリカムがその要因となったのかは定かではないが、もしそうだとすれば、ヒトペリカムは人に影響を与えないという人々の常識は、間違いだった事になる。これは実に驚くべきことだ。
初めて変化に気がついたのは、友人が私の家に訪れた日の事だった。友人と私はお互いテーブルに向かい合って座り、昔話を楽しんでいた時、友人が私にこう言った。
「君は最近落ち着いたな」
「そうかな」
いや、確かにその通りかもしれない。これがヒトペリカムが私に与えた唯一の影響だ。気がつくと私はヒトペリカムと一緒に居る間、不思議と気持ちが落ち着くようになっていた。ヒトペリカムは自分のつまらない話を披露する代わり、私の話もよく聞いてくれた。もちろん、出来たアドバイスなんかは期待できないが、頷いて見せたり、相槌を入れてみたりと、なかなかの聞き上手だった。「落ち着いた」という私の変化も、家に帰るとヒトペリカムが相手をしてくれる事が、無関係だとは言えないだろう。
「まあ、なんと言うか。最近の君は気持ちが安定しているように見えるよ。店の方も順調らしいね」
「そうなんだ。最近は客がなかなか途切れなくてね。特別黒字ってわけじゃないけど、仕事がなくなる時がほとんどなくなったよ」
「へえ。じゃあ前から言っていた、もっと店を大きくしようっていう計画は、そろそろ実行できそうなんじゃないか?」
「いや、それがもう興味がなくなっちゃってさ。今のままでも十分やっていけるし、このままでもいいと最近は思っているんだ」
「そうなのか。何か君らしくないな。まあ、店は順調そうだし、君がそれで良いと思うなら、良いんじゃないか?それにしても、本当に君は雰囲気が変わったよな。何か原因があるんじゃない?」
「ああ、もしかしたらこいつの影響かもしれない」
「こいつって何?」
私は友人の隣に座っているヒトペリカムを指差した。案の定、友人は全く気がついていなかったらしく、その奇妙な生き物を見て驚いたと同時に、椅子から無様に転げ落ちた。
「何者なんだ!?君は!」
「なまえなんてないよ。だってヒトペリカムだからね」
その様子を見て、私とヒトペリカムは腹を抱えて笑った。友人は狐につままれたような顔でヒトペリカムをしばらく眺めた後、私に尋ねた。
「これがヒトペリカムか。うわさ話では聞いた事があったんだが。いつから居るんだ?」
「一ヶ月くらい前から住んでいるよ」
ヒトペリカムは隣でゲラゲラと笑いながら、友人に向かい「おぼえていないだけなんじゃないの?だってヒトペリカムだからね」とからかっていた。
このような私の変化は、おおむね好意的にとらえていいだろう。しかし、ヒトペリカムとの生活はそう長くは続かなかった。私はヒトペリカムについて、特に好きとも嫌いとも思ってはいなかったのだが、ある日を境に、突如として嫌悪するようになった。そのきっかけは、ほんの一瞬の出来事だった。いや、それは本当に実際起こった出来事なのか疑わしい。後にこの出来事を思い返してみても、実は私の勘違いないし、妄想だったのではないかという疑いが頭について離れない。ただ、私のヒトペリカムに対する印象が、それを機に全く変わってしまったというのは紛れも無い事実である。その出来事というのは、ほんの一瞬だけ、ヒトペリカムの顔が別のものに見えたのだ。ある日の事、私が顔を洗いに鏡の前に立った時、鏡越しに見えたヒトペリカムが、ほんの一瞬、普段の見る顔ではなかった。いや、実際に顔自体が変わったという意味ではない。説明が難しいのだが、顔が変わったというよりも、その印象が全く変わったのだ。顔は同じでも、それは全くの別物だった。
例えて言うとすれば、「ルビンの壺」という騙し絵をご存知だろうか。白地を背景に、黒い壺の絵が描かれている有名な騙し絵だ。最初にその絵を見た時に、白を背景にした黒い壺の絵だと思えば、もう壺の絵にしか見えない。しかし、壺の色にあたる黒地を背景だと思えば、それまで背景だと思っていた白地が浮き上がり、2人の人物の横顔が、左右から向き合っているような絵に見える。同じ絵なのに、見方によってはまったく異なる絵になるのだ。私が鏡越しに見たヒトペリカムの顔は、その一瞬、色形は変わらないはずなのに、まるで「ルビンの壺」のように、これまでとは全く異なるものとして見えたのだった。いつもは何の個性もない、印象に残らないはずの顔が、その一瞬だけ、強烈に醜悪なものに見えた。それは純粋な「悪」ではない、より悪質な、じめじめとした嫌悪感を与える「悪」だった。私は反射的に目をそらしたのだが、次にヒトペリカムを見た時には、普段と変わらない、いつもの顔に戻っていた。その後、私は何度もその顔をもう一度見ようと努めたが、二度とあの顔に見える事はなかった。
この出来事を境に、私はヒトペリカムを嫌悪するようになった。私はあの日見たヒトペリカムの顔が脳裏から離れず、思い起こす度に心が嫌悪で満たされた。次第に私は耐えきれなくなり、ヒトペリカムに家を出ていってもらおうと決意した。しかし、簡単にはお願いする事はできなかった。私にはこの得体のしれない生き物が、一体どのような反応を見せるのか、想像がつかなかったからだ。それに、特に理由も何もなく出て行ってもらうのは、相手がヒトペリカムと言えど、少々無礼な気がした。
それからというもの、私はヒトペリカムにこの家を出るよう告げるチャンスを常々狙ってはいたのだが、そんなこんなでなかなか言い出せない日々が続いた。その間、私の中で無害なヒトペリカムに対する理由のない、理不尽な嫌悪感が日に日に高まっていった。私はこの嫌悪感の原因をどうにかあばき出し、ヒトペリカムを家から追い出す名目にしようと目論んだが、やはり、ヒトペリカムはいくら考えても無害だった。この嫌悪感が高まるにつれ、以前まで意識しなければ聞こえなかった筈のヒトペリカムの話し声が、否応無しに、以前よりもはるかに大きな音で鳴り響いて聞こえるようになった。どんなに聞くまいと努力をしても、より一層鳴り響いた。逆に私がヒトペリカムに話をする時は、以前まで聞き上手だと思っていたヒトペリカムの対応が、興味のない話に無理やり付き合っているような無礼な態度に思え、私は怒りで話を途中で切り上げた。ヒトペリカムは、不自然に終わった話を気にする様子もなく、それも私の怒りを膨れさせた。
そんな中、私のヒトペリカムに対する嫌悪はついに頂点に達した。私はとにかくこの生き物が憎くて仕方がなかった。ある日の事、茶碗に残った米粒を数える遊びに夢中になっているヒトペリカムに、私はついに話を切り出した。
「すまないが、ここを出て行ってくれないか?」
ヒトペリカムの動きが、ぴたりと止まった。
「いま、なんていった?」
「だからさ。この家を出て行ってはくれないかな?」
部屋は静まり返った。ヒトペリカムはぴたりと止まったまま、こちらをじっと見ている。おそらく、ヒトペリカムはこの言葉を理解できない様だった。しばらく考えていると、やっと理解したのか、ヒトペリカムの表情が徐々に怒りの表情に変わっていった。頬の筋肉が縮まり、眉間にひとつずつシワが増えていった。頭に血が上り、次第に顔が赤くなってゆく。
「なんで?ぼくはめいわくはかけていない。わるいことはしていない」
「悪い事はしていないよ。でも、善い事もしていない」
ヒトペリカムの顔は、怒りでますます赤くなった。すると徐々に体が膨れ上がり、まるで空気を入れたように、ぐんぐんと大きくなっていった。米粒を数えていた茶碗は床に落ち、カランカランと乾いた音をたてながら私の足元で止まった。ヒトペリカムは、荒々しく鼻息を吐き出し、息を吸い込み吐き出す度に、赤く、大きく、赤く大きくなっていった。いつもは膝下くらいだった身長が、私と同じくらいの高さになった。ヒトペリカムは最後にひとつ大きく肩で息を吸い込むと、私に向かって刺々しく、大きな声で怒りの言葉を投げつけた。
「なんで!?なんで?ぼくにはわからない。なんでぼくを、おいだすんだ!なんで?ぼくはなんにもわるいことはしていないのに!ぼくにはわからない!なんで!?」
ヒトペリカムはぐんぐんと大きくなり、あと少しで天井に届きそうだった。顔も真っ赤で、それは赤ら顔と言うより、本当の赤色だった。上から私を見下ろす表情は鬼のようで、目元は更につり上り、眉間には深いシワが縦にいくつも作られた。口元はへの字に曲がり、歯を食いしばっている。その表情は、とてつもなく恐ろしかった。巨大な頭は蛍光灯の光を遮り、部屋全体が暗くなった。
「ぼくはきみを、きにいっていたのに!きみはなんで、ぼくにそんなひどいことをするんだ!」
私はヒトペリカムの恐ろしさに思わず怖気付きそうになったが、必死に冷静を装った。敵と対峙した時、相手の気迫に押され、ほんのわずかでも弱みを見せてはならない。流れを相手に渡してしまうからだ。私は動じず、ヒトペリカムを見上げて冷静に、はっきりと言い放った。
「私は君が必要じゃない。出て行ってくれ」
それを聞いたヒトペリカムは、耳をつんざくようなかん高い叫び声を上げ、部屋中を暴れ回った。飛んだり跳ねたり、それはもう、ものすごい暴れっぷりだった。ベットの上で跳ね廻り、ぎゃあぎゃあと奇声を上げながら床の上を転げ回った。それを私は静かに見つめていた。ヒトペリカムの暴れる様は激しく、うるさかったが、不思議と家の物は何一つ壊さなかった。ヒトペリカムは暴れれば暴れる程、空気を抜かれた風船のように小さくなっていった。ほどなくして、ヒトペリカムは元の大きさに戻り、疲れた様に両膝をついた。顔も、もう赤くはなかった。体力が尽きたのか、へなへなと腕をつき、私を見上げた。もしかして私の気が変わったんじゃないかと、確認するように。しかし、私の表情にその可能性がないと悟り、ぐすんぐすんと泣きながら、部屋の隅で膝を抱えて寝てしまった。気まずく思った私が周囲を見回すと、机の上にはいつの間にかきちんと茶碗が置かれていた。私も明かりを消してベットに入った。目を閉じていると、ヒトペリカムの泣き声が、暗い部屋の中で永遠と聞こえていた。
翌朝、目が覚めるとヒトペリカムは消えていた。その日は一日中姿を見なかった。次の日の朝も、ヒトペリカムはいなかった。そして、その次の朝。私はヒトペリカムがこの家に居た事を、もう覚えてはいなかった。
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