第10話

「ところでヘルヴィルにはメイドや侍従はついていないの?」

「んん?」


 突然のシュークリットの質問に、よくわからなくてヘルヴィルは首を傾げた。

 何故かそのとき若いメイド達の肩がびくりと跳ねたけれど何故だろうと思いながら、質問の意図がよくわからず眉根をにゅっと寄せる。


「……普段傍に人はいない?」

「ひと……」


 と言われても、と思う。

 いたような、いないような感じだった気がするとヘルヴィルは思い出すようにうんうん唸った。

 正直以前のヘルヴィルは周りに関心がなさすぎたせいでぼーっとその辺の壁を見ていた記憶しかないのだ。

 なんか視界の端にたまに人がいたような気がするかも?とうむうむ唸って、ハッとした。


「えいぷいう?」


 そういえばヘルヴィル付きのメイドいたよと、名前を口にする。


「……もとの名前はなんだ?」


 舌足らずになるせいかヘルヴィルの口にした名前を、シュークリットはいまいち判別できなかったらしい。

 もうちょっと舌がまわるようになるまでは我慢して聞いてほしいなと思う。

 シュークリットの目くばせに、カスティが若いメイドの一人に近づき何か話しかけるとすぐに戻ってきた。


「エイプリルという十五歳のメイドがヘルヴィル様付きになっているそうです」

「そう」


 カスティの言葉にシュークリットが小さく頷いた。

 ヘルヴィルはエイプリルって十五歳だったんだ、と初めての情報にどうりでなんか頼りない雰囲気のはずだと納得した。


「ヘルヴィル、今日はどうしてエイプリルと一緒じゃなかったんだ?」

「? なんでいっしょ?」


 聞かれた意味がわからなくてヘルヴィルは首を傾げた。

 エイプリルも仕事が色々あるだろうから、忙しいはずだ。

 二歳児は普通を考えたら目を離してはいけないかもしれないけれど、生前の世界とここの世界は何から何まで違う雰囲気なので、常識も違うだろうとヘルヴィルは思っていた。

 生前でも海外では見守りカメラとやらを設置して別室で仕事をするなどというのを聞いたことがあった。

 なので、傍に誰もいなくてもそれが常識かそういう教育方針なのだろうと思っている。

 そんなヘルヴィルの考えとは裏腹に、何故かシュークリットは眉間に皺を寄せた。


「……そのエイプリルというのは、ヘルヴィルのメイドだよね?」

「たぶ……ん?」


 ヘルヴィル付きというのは記憶に一応あるけれど、エイプリルと交流は特になかったのでよくわからない。


「……いつも一緒ではない?」

「たまにいっしょ?ときどきおはなしする」


 どちらかというと一人の時間の方が圧倒的に多かったと思う。

 部屋に一緒にいても、エイプリルを呼びにたびたび他のメイドなどが来てから慌てて出ていくのだ。

 とても忙しそうである。

 生前聞いた社畜という単語が脳裏をよぎった。

 まだ十五歳なのにと思う。

 ヘルヴィルの返答にシュークリットはますます眉間の皺を強くしてしまった。

 なんか不機嫌になったと思っていたら。


「カスティ、そこのメイドをこちらへ」


 若いメイドの一人に、ついと目線を向けた。

 その流し目がやけに色気をまとっているけれど、カスティに促されたメイドはそれには赤くならず、むしろ青くなっていた。

 なんでだ。

 びくびくとした様子でテーブルにメイドがカスティに促され近づいてきた。

 深々とシュークリットへと頭を下げる。


「ヘルヴィル付きのメイドのエイプリルは?何故ヘルヴィルの傍にいないか、知っているか?」

「それは……」


 さっきまでの柔らかい声音とは違う、抑揚のない話し方だった。

 声をかけられたメイドはびくりと一度震えて、もごもごと口の中で呟く。

 小さすぎて聞き取れないなあとヘルヴィルがのんびり思っていると、シュークリットが顔を上げるように言った。

 おずおずとメイドが顔を上げると、シュークリットがにっこりと笑う。

 朗らかな表情を浮かべると、にじみ出ている色気がだいぶ抑えられるなとヘルヴィルは関心した。

 色気がなくなっているわけではないのが、逆に凄いなと思う。


「私にとってヘルヴィルは大事な友人になった。この意味がわかる?」


 シュークリットの言葉に、目に見えてメイドの体がビクリと跳ねた。

 そしてブルブルと震えている。


「エイプリルは……他の仕事を……」

「ヘルヴィル付きのメイドなのに?」

「それ、は……先輩の指示で……」

「そのあいだヘルヴィルを一人にしてたんだ?」


 メイドの震える声など気にしたふうもなく、シュークリットが淡々と質問を重ねていく。

 メイドはすっかり顔から血の気が引いていた。


「ヘルヴィル様は、自室のソファーから動かずに話もしなかったので……その」


 なるほど、大丈夫だろうと判断されたのかとヘルヴィルは内心頷いた。

 しかし次の瞬間にカスティが清々しいくらいの笑顔をニコッと浮かべたかと思うと。


「うわあ、怠慢だな」


 笑顔で凄いこと言った。


「そうだな。何のための傍付きメイドだか。二歳なんて何が危険になるかわからないのに」


 やれやれと言った感じでシュークリットが紅茶を一口飲む。

 しかしヘルヴィルとしては幼児を放置していたのはよくないだろうが、なんの反応もしないお人形のようだったから放置気味になったのだろうなとも思う。


「びうはじっとしてたかやね!」


 まあ仕方ないとむふんと鼻息を出す。

 幼児と接したことのない人間はどれだけお世話をするのが大変かわからないだろう。

 エイプリルは十五歳らしいので、もしかしたら幼児と関わったことはないかもしれないし。

 結論、まったく気にしていない。

 もし以前のヘルヴィルがちゃんと情緒の成長している子供だったら傷ついていただろうけれど、幸いと言っていいのかまったく心の機微がなかったので記憶や心に残っている以前のヘルヴィルが欠片も傷ついていないのも気にしていない理由だ。


「……ヘルヴィルは好きでそうしていた?」


 シュークリットのじっと見つめてくる瞳に、んんーと考え込む。

 以前のヘルヴィルは好きとか嫌いとか本当になかったしなあと思う。


「わかんない」

「そうか……でも今のヘルヴィルはよく動くし話してるよね?何かあったのかな?」

「う?うーん?」


 何故と言われても。

 融合して新生ヘルヴィルになったから元気がありあまってるとしか言えないのだけれど、説明のしようがないし信じてもらえないと思うなあとヘルヴィルは考えて。


「げんきになったから?」


 全部を総合して一言で片づけた。

 ヘルヴィル的には、とてもわかりやすく説明したつもりだ。

 シュークリットは「そう」と一言納得したように呟くと、手を伸ばしてヘルヴィルの癖のついた赤い髪を撫でた。

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