第15話 終章

「綺麗・・よ。

ジュン・・・。

今、世界中で一番美しい女性よ・・・」


鏡に写る純の肩先から、

ロジャーが嬉しそうに言った。

襟足辺りまで伸び始めた純の髪に、

櫛をいれている。


「随分、女の子らしくなったわ。

それに・・何だか大人っぽくなったし・・・」


ロジャーの含むような笑いに、純はポッと頬を染めて俯いた。


「ロジャーのイジワル・・・」

ロジャーはクスクス笑いながら、大きな手で純の細い肩を掴んで言った。


「ママ・・でしょ。

私の可愛いジュン・・・」


《うー・・・》

※注:作者の声です。(笑))


「あら、何かしら・・・。

今、変な声がしなかった?」


ロジャーがいぶかしげに振向くと、ドアが開いて父の豊が入ってきた。


「オヤオヤ、何処のお姫様かと思ったよ。

これがあの純なのかい・・・?

本当に僕の娘なのかい?」


「パパ・・・」


純は父の腕に抱かれると、

くすぐったそうに呟いた。

ロジャーが純の髪を優しく撫でながら、感慨深気に言った。


「そーよ・・・。

本当に綺麗になったわ。

私ね、嬉しいの・・・。

ジュンが小さい頃から男の子みたいに育ってしまったのが、

私達のせいかと思うと、辛くて・・・」


ロジャーの目から大粒の涙が零れてくる。


「そ、そんな事・・・。

ママやパパのせいじゃないよ。

ボクが・・ボクが好きでやってたんだから・・・」


必死になって言う純の頬に、ロジャーがキスをして言った。


「ありがとう、ジュン・・・。

でも、これからは女の子でいるんでしょう?」


純が頬を染めて頷くと、豊が二人を包み込むように抱いて言った。


「安田は良い男だよ。パパも嬉しいよ」


「さっ、ジュン・・・。

ミスター安田に見せてらっしゃい。

キッと惚れ直すわよ・・・」


純を押出すように部屋から出すと、ロジャーはため息をついて豊の顔を見た。


「早いものね・・・。

初めてジュンに出会ってからもう、

二十年になるんだわ・・・」


そして大きな身体を折り曲げるようにして、豊の肩に頭をもたれさせた。


「僕達が出会ってからも・・ね・・・」

「私・・・年をとったわ・・・」


豊の首筋に息を吹きかけて言った。


「そんな事はないさ・・・。

君は、いつでもチャーミングだよ・・・」


《ウ、ウグゥ・・・》


「ユタカったら。でも、嬉しい・・・」

ロジャーが身体を預けるようにすると、豊も腰に廻した手を強めて囁いた。


「もう一つ・・・驚かせる事があるんだ」

ロジャーがいぶかしそうに、豊のイタズラっぽい目を覗いて聞いた。


「なぁに、驚かすって・・・?」

二人の鼻がくっ付きそうになっている。


《ウガァー・・・!》


「純と安田が結婚して新しい事務所を作るだろ?

それで、僕はイギリスと日本の仕事は思い切って彼等に任せて、

新しくフロリダに本社を移そうかと思うんだよ。


そこは世界でも先進地帯で。

ゲイも全て受け入れてくれるから。


最近はイギリスよりもアメリカの仕事が増えているし、ここらで、僕達も休暇をとっても良いんじゃないかな?」


「まあー・・・」

ロジャーの頬がバラ色(?)に染まる。


「そして・・・そこで式をあげるんだ。

僕達二人の・・・ね」


「ユタカ・・・」


「ゴメンよ、ロジャー。

可哀想に・・・。

今日の式でも母親と名乗れないのは、

みんな僕のせいさ・・・」


ロジャーの目から、涙が溢れて止まらない。


「ユタカ、ユタカ・・・」

大きな肩が嗚咽で震えている。


「でも、これからは違う。

堂々と夫婦を名乗ろう・・・世界中に・・・」


「ウ、ウギェー・・ンン・・・」

豊が優しくロジャーの黒髪を撫でつけている。


「バカだなあ・・。泣いたりして・・・。

今日はハッピーな日じゃないか・・・。

さっ、笑って・・子猫ちゃん・・・?」


《ウ、ウウゥー・・・》


「ン・・・?」


かすかに耳によぎった声に、豊は一瞬天井を見上げたが、直ぐにロジャーの尖った顎を指ですくいあげると、大袈裟な表情をして言った。


「オォ・・・こりゃあ、スゴイ。

こんな美人がいたら花嫁がかすんじゃうよ・・・」


「まあ、ユタカったら・・・」


《グ、ハハァー・・・(泣)》


そしてロジャーが目を閉じると、豊の目蓋も重くなり二人の顔がゆっくりと近づ・・・


《以下、略・・・(笑)》


と、兎に角みんな幸せになったの、

だったの、だって・・・。


※※※※※※※※※※※※※


パーティー会場では、安田にエスコートされた純が、みんなから祝福を受けていた。

親方も慣れないスーツを着て、嬉しそうにヤジを飛ばしている。


「ホンにメンコイだなぁー。

所長、うまい事やったっぺよぉー・・・」


安田は照れながらも、嬉しそうに手を振る。

そして、改めて美しい妻となる人を見た。


「な、何・・・?」

はにかみながら顔を上げた純は、潤んだ瞳を向けてくる。


「何でも・・・ないさ・・・・」

気取った調子で純の手を取り、うやうやしくお辞儀をして言った。


「踊って、いただけますか?」

純は顔をパッと綻ばすと、安田に白いレースの手袋をはめた手を預けた。


二人は夢の国の王子と姫のように優雅に踊出した。

見つめ合う瞳からは幸せの光が零れている。


安田は純の美しいドレス姿を見ながら思った。

果して自分が愛したのは、女である純であったのだろうか。


それとも・・・。


今ドレスを着て女らしくなった純は、本当は男ではないのだろうか。

成る程、胸のスリットから覗かせる膨らみは十分な大きさであった。


だが、それが女の証ではないだろう。

そんな事、どうだってイイじゃないか。


安田は思わず苦笑した。


男であろうが女であろうが、

自分が愛したのは純なのだ。

そう結論が出ると安心したのか、

純の腰を強く引寄せた。


「アンッ・・ど、どうしたの・・・?」

純が驚きの声をあげると、安田はニヤッと笑ってさっきと同じ言葉を口にした。


「何でも・・・ないさ・・・」

踊っている内に、純の顔が赤く染まって俯いてしまった。


「どうしたの・・・?」

安田が囁くように訪ねると、純は安田の大きな身体にもたれるように言った。


「バカ・・・知らない・・・」


純のお腹に、熱いものが感じられた。

それは安田自身の、紛れも無い「男の証」のものであったのだ。



あ・ぶ・な・い 愛物語(ラブストーリー)―完―

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