第21話 交渉
公爵に連れられて庭園を歩く。
庭園では公爵所有の奴隷がメイドとして働いていたり庭の手入れをしていたりしていた。
その中にひとり、目当ての奴隷であるフェンリルを見かけた。
他の奴隷とは違って剣をひたすら振らされているようだった。
(原作では見れなかったな。気付いたら死んでるもんなぁ、あの子)
俺も原作をプレイした人間として世界の変化に少し感動を覚えていた。
それから原作では存在すら勝たられなかった女神殺害ルート。
それを俺がきっちりと進めていることを実感していると、フェンリルに近づいて行く公爵。
そして耳元で
「わぁぁぁあぁあっ!!!!!!」
と叫ぶ。
「ひっ!」
耳を畳んで驚くフェンリル。
獣人のフェンリルは人よりも聴覚が鋭い。
そんな子にあんな耳元で叫ぶなんて、人間で言うなら寝ているのに強力なライトを当てられているようなものかもされない。
こいつは奴隷のことをなんとも思っていないからこんなことができるのだろう。
「あーはっはっは」
笑ってから公爵はまた声を張りあげようと息を吸い込んでいた。
その音を聞いたのだろう。
フェンリルはその場にしゃがみこんで頭を抑えて怯えていた。
(日常的にやられてるようだな、この反応)
反射のようにしゃがみこんでいたので日常的に繰り返されていなければ、こうはならないだろう。
そしてその様子を見て公爵は叫ぶことなく、フェンリルの顔を蹴りつけた。
下卑た笑みを浮かべている、それは安堂が浮かべていたようなそんな種類の笑みに似ていた。
「なにをしゃがんでサボってる?このクズが。ちゃんと剣を握れ!それとも違うものを握るか?」
「ご、ごめんなさいです」
もう一度立ち上がって剣を降り始めるフェンリル。
それを見てからまた息を大きく吸おうとしていた公爵を止める。
「忙しいんだよね、俺」
「すまなかったな客人。ビジネスの話だったな?」
そのまま歩き出す公爵に俺も同行する。
公爵に連れられ応接間へと案内された。
俺と公爵は間にローテーブルを挟んで座る形となった。
「単刀直入に本題に入るよ公爵殿。俺回り道が嫌いなんだ」
そう言って俺は今まで色んなことで稼いできた金貨30の入った川袋を置いた。
「ここに金30がある。これで獣人の奴隷、フェンリルを身請けしたいと思っている。つまりあんたからあの子を買いたいのさ」
俺が置いた皮袋をじーっと見つめる公爵。
「どうかな?コロシアムで行われているあれでもフェンリルは随分と稼いだそうじゃないか。金30でなら手放してもいいんじゃないか?」
原作の設定だとフェンリルはかなりの額をあの殺し合いで稼いでいる。
それはもうとっくに奴隷から解放され自由を獲得できてもおかしくない程の額を稼いでいたはずなのだ。
それでもいつまでもこうやって殺し合いをさせられているのはこいつの中抜きが多すぎるから。
俺が置いた金30も十分な額だ。
だからこの男は今迷っているのだろう。
その証拠に先程から視線を左右に泳がせている。
「ちなみに、身請けする理由を聞いてもいいか?」
と、聞いてくる公爵に答える。
適当な理由だ。
「男が女を身請けするのにそれほど、理由があると思うか?」
「金100だ」
そう口にしてきた公爵。
「は?」
「金100だ。30であれを手放せはせん。お前、こんな額であれを買えると思う阿呆なのか?」
(原作通り、ってわけか)
こいつはこうやって異常な取引を繰り返して今の地位を築いたという設定がある。
「払えんか?」
そう聞いてくる公爵は続ける。
「次の闘技では【カーズ】の頭領が出てくる。それを倒せば稼げ……ぶっ!」
公爵の頬を掴んでそのまま宙に浮かせる。
「俺、言ったよな?回り道が嫌いだって、さ」
力を込めて半ば脅すようにしていく。
「闘技会?出るわけがないだろう」
「ぶっ……ぶふぅう!!!」
何を言いたいのか分からない。
ここでこいつを殺しても短期的に見ればそこまでメリットは大きくない。
しかし長期的に見た場合メリットがたくさんあったりするのだ。
なにより俺個人的な話、こいつは嫌いだ。
「もう、めんどくさいからここで処理しちまうか?」
「や、やべて……」
力を込めすぎて公爵の顔は砕けた。
周りに飛び散る血液。
だらりと垂れ下がる公爵の腕を見てから死亡を確認した。
死体を離して床に落としてから庭に向かう。
まだ、フェンリルがいるといいが。
そうして向かうとフェンリルはまだ剣を振らされていた。
そんなフェンリルに近付く。
「あっ、さ、さっきの人」
と俺を見て少し笑顔になってくれた。
「さ、先程はありがとうございます」
公爵の嫌がらせを止めたことに礼を言っているのだろう。
そんな彼女に告げる。
「君を買取ったよ」
「え?」
「俺と行こう」
そう言って手を差し出すと、戸惑いながら俺を見てくる。
「ご、ごめんなさい」
頭を下げるフェンリル。
「私は公爵に忠誠を誓っているのです。あなたには同行できません」
そう言ってくる。
「前にもこんなことがあった、とか?それで、それが罠だった、とか?」
ありそうな事を聞いてみた。
あの公爵ならやるだろうな。
「じゃあ、君を誘拐するよ。公爵に文句言われたら俺のせいにすればいいさ。もっとも文句言われることはないだろうけどね?」
「ゆ、誘拐?」
彼女を脇に抱えた。
「わ、わぁっ?!」
ジタバタしているフェンリル。
なんとか俺の拘束から抜け出そうとしているようだが。この子で抜け出せるようなヤワな拘束ではない。
そのまま公爵邸の裏手の塀をジャンプで乗り越え逃走する。
「わっ!わぁっ?!」
俺に抱えられて揺れているフェンリルに言う。
「口閉じてた方がいいよ?舌噛むかもね?」
「は、はい!あだっ!」
返事をしようとして早速噛んだらしい。
「返事要らないから」
そう言うと何も言わずにただ口を閉ざすフェンリルを連れて俺はこの街を出ていく。
仮面は念の為複数個作ってもらっているのでスペアはある。
これで、2人で禁断の地へ向かえる。
しかし、フェンリルにとってはこのまま死んでおいた方が良かったかもしれない。
禁断の地は、この世の地獄と呼ばれている場所だから。
原作でも未侵入のあの場所、どんなものが待ち構えているのか俺はまだ知らない。
そして俺の目はこの獣人の少女を見て視界に変化をもたらしていた。
【ギフトの効果対象です】
そういえば、俺はウルフの血を入れてある。
この子はそんなウルフと人間の間の存在。
そう考えれば俺の配下とすることもできるのだろうが……。
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