第2話会話 名前の話

「勇者さんって名前はなんていうんですか?」

「名前ですか。なぜです?」

「せっかくふたりで旅をしていますし、勇者さん、魔王さんだと面白みに欠けるように思いまして」

「名称に面白みを求めるのも珍しいですね」

「あだ名とか夢なんですよ」

「魔王のくせに小さな夢ですね。ちなみに魔王さんのお名前は?」

「ぼくはありませんね。魔王は魔王です」

「…………」

「そんな目で見られても、本当にないんですよ。ぼくは生まれた時から魔王です」

「私も似たようなものですよ。名前は付けられていません」

「ですが、人間は基本的に名を持つものだと聞きましたが」

「一般的には、ですね。私はひねくれた人生だったので」

「それなら、名前を考えてみませんか?」

「自分たちで自分たちの名付け親になるということですか」

「はい。楽しそうでしょう?」

「ひまつぶしにはなりそうですね。魔王さん、お手本を見せてください」

「そうですねぇ。ユウとマオ、はどうでしょう?」

「一応聞きますが、まさか勇者と魔王から取ってませんよね?」

「取ってますけど……」

「安直オブ安直」

「わかりやすくていいじゃないですか」

「もはや元のままでいいレベルですよ」

「じゃあ勇者さんもお手本を見せてくださいよ」

「ニンとマゾ」

「表現の自由を守るため、一応何から取ったか訊いてもいいですか」

「人間と魔族です」

「あっ、そのまんまだった」

「カテゴリー別ですよ」

「名前に人種入れなくても。それに、ぼくの方はもはや別の意味ですよ」

「私、純粋無垢なのでちょっと何言ってるかわからないですね」

「その文言、許可取ったんですか」

「取ってないです。なにせ勇者なのもので」

「ちょっと何言ってるかわからないですね」

「これで共犯です」

「罪の意識がある言い方ですよ、それ」

「罪のない人間なんていませんよ」

「突然の深い発言のところ申し訳ないのですが、ぼくは人間じゃないので」

「マゾですもんね」

「そこで略すのやめてもらっていいですか」

「これは失礼しました。ゾクでしたね」

「魔王だからゾクゾクするってことですか?」

「そこまで考えて喋ってないです」

「その脳は飾りですか」

「なかなかいい案が出ませんね。魔王さん、他に候補はありますか」

「好きなものを名前にするのはどうでしょう? お花の名前とか可愛いと思いますよ」

「好きなもの……。花……。……トリカブト?」

「どうしてそうなるんです」

「すごく綺麗な花ですよ。加えて便利ですし」

「詳しく訊くのが憚られますね」

「魔王さんはどうなんです?」

「ハエトリグサとかサラセニアを育てていました」

「へえ。どういう花なんですか」

「食虫植物です」

「……へえ」

「もうちょっと短い名前がいいですね」

「名前の一部を取るのはどうでしょう」

「トリカブトなら、リカでしょうか。ハエトリグサならエトリ?」

「いえ、カブとハエ」

「両方とも別の意味ですね。ぼくなんてめちゃくちゃ弱そうですよ」

「我は魔王、名はハエである! うん、雑魚っぽいですね」

「ぐうの音も出ません」

「えいっ」

「ぐうっ! な、なんですか突然」

「いえ、名前の案ですよ」

「意味がわからないのですが……」

「だから、ハエトリグサです」

「もう少し詳しく」

「グサ」

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