魔王っぽい勇者と勇者っぽい魔王

天目兎々

第1話物語 とある日のいつもの話

 とある世界の、とあるどこかの、とある道にて。

 大きな旅行鞄をひとつ持った少女―――私と、小さなポシェットをひとつ持った少女―――彼女、計ふたりの少女が歩いていました。

 のんびりまったり内容の薄っぺらい会話、つまりくだらない会話をしていた時のことです。

 のどかで穏やかな時間が流れているところに、ふと、遠くから息を切らした男性が走ってきました。

「勇者様! 助けてください!」

 声を張り上げながら必死の形相で言う男性は、私を見てぎょっとし、

「…………ま、魔族⁉」

 放物線を描いて避け、無用な動きをしてもう片方の少女に駆け寄ります。

「助けてください、勇者様!」

 かなり語彙の少ない人なのでしょう。同じことを繰り返し、少女に頼み込みます。

「どうしました?」

 男性に避けられる私を気にしながら、彼女は訊きました。

 どうにも私が集中力を削ぐ要因になっているようで、男性は口ごもって視線を泳がせます。

 なんですか、なにか文句でもあるんですか。

「…………はあ」

 やれやれ、仕方ないですね。

 私はふたりのそばを離れ、数メートル先の木からじっと様子を窺うことにしました。

 なにやら話をするふたり。やがて、男性は「お待ちしています!」と大声で言い残し去っていきました。

 そんなに声を張り上げなくても聞こえますよ。

「もう出てきていいですよ」

 彼女は困ったように微笑みを浮かべて手招きします。

「いつものことですが、めんどうですね。して、彼は何を?」

「この先の村に魔物が現れ、暴れているようです。男手だけでは倒せないと思っていたところに、勇者の気配を感じたので助けを呼びに来たそうですよ」

 なるほど。だいたいそんなところだと思いました。いつものパターンですね。

「さて、どうします?」

 そう問う彼女の腰にはレイピア、聖女のごとく舞うレースのスカート、白く透き通った長い髪、深い青の目。そして、頭上には美しく輝くふたつの光輪。

 常人とは思えない神秘的な空気を身にまとい、彼女は私を見つめます。

 黒髪に真紅の目、足には千切れた鎖がついたままの枷。頭につけた二つの赤いリボンはまるで角のよう。

 赤と黒を基調とした服。その上からはフードのついた真っ黒なローブ。

 自身の背の丈もある大きな剣を背負った私の姿が青の瞳に映ります。

 一方は、魔王を倒すべく神の啓示を受けた聖なる使い、勇者。

 一方は、世界を恐怖に陥れ、魔なるものたちを統べる絶対支配者、魔王。

「…………」

「…………」

 私たちは顔を見合わせ、はあ……とため息を吐きました。

「何度目でしょうね、この勘違い。ね、勇者さん」

 と、白髪の彼女が言いました。

「一万回を超えてから数えるのをやめましたよ、魔王さん」

 と、黒髪の私が言いました。

「一万回までは数えていたんですね」

「途中からヤケでした」

「それでも素晴らしい記憶力です。尊敬します。ぼくは最近、忘れっぽくって」

「いま、ボケました?」

 二重の意味で。

「いえいえ。それはそうと、何をしていたんでしたっけ?」

「魔物を倒してほしいと言われたところです」

「そうでしたそうでした。さて、どうします?」

 さっきも言った言葉で魔王さんは訊きます。

 私はしっかりと頷き、歩き出しました。

「もちろん、助けに行きます。それが勇者としての使命ですから」

「とても立派な言葉と心意気ですね。けれど、一つだけいいですか?」

 魔王さんは道の向こうに指を指して言います。

「道、逆ですよ」

 …………バレたか。


 〇


「なんだかんだで退治する流れになるんですから、逃げる行動要らなくないですか?」

「精一杯の抵抗なんです」

「何に対する?」

「すべてですよ、くっそたれ……」

「出た、口の悪い勇者さん」

「そもそも、魔王さんは魔王なんですから、さっきの申し出も断ればいいんですよ」

「人間は大切にしなくてはいけませんよ。脆く儚く美しい生き物です。大好きです」

「なんで魔王が人間好きなんでしょうね……」

「なにかおかしいですか?」

「おかしくないと思いますか?」

 そんなこんなで、魔王さんに引っ張られイヤイヤながら村にやって来た私は、待ってましたと駆け寄ってくる男性の前に引き出されました。

「ちょっと魔王さん……。私だと話になりませんよ。あの人間、私のことを魔族だと思って―――。聞いてます、ねえ? ちょっと?」

 袖を引っ張りますがビクともしません。力、強いな?

 当の本人は私の横で聖女のような笑みで佇んでいます。この猫かぶり。

「この顔はいつもですよ」

 心を読んだような発言やめてもらっていいですか。

「お待ちしておりました、勇者様。ところで、そちらの方は……?」

 男性はさも嫌そうに口を歪め、目を細め、指を指しました。

 指で人を指さないと教えてもらわなかったのでしょうか?

 非常に無礼ですね。その指、切り落としましょうか。

「めっ」ツンっと肘でなだめられ、私は男性にガンを飛ばしながらフードをさらに深く被りました。

「この方はアレです。まあ、その、そういう感じなので、はい、ええ」

 一ミリも情報量のない言葉で流し、魔王さんは魔物の居場所を訊きました。納得いっていない様子の男性、その他大勢の村人たちでしたが、「こちらです」と案内を始めます。

 なんですか倒してやるって言ってんのにずいぶんな態度ですね。

 あ、いまガン飛ばしてきましたね。やんのか?

「勇者さん」

「わかってますよ」

「それならいいんですよ」

「全員潰せばいいんですよね」

「全然よくないですね。剣に伸ばそうとしている手を仕舞ってください」

「ちっ……」

「勇者ともあろう人が舌打ちしない」

「違いますよ。ちっぽけな人間どもめ……の『ちっ』です」

「どちらにせよダメですよね、それ」

 小声で会話する私たちに、村人たちは振り返って言いました。魔物はこの先です、と。

「村人は避難して無事ですが、家屋が荒らされて大変なんです。どうか倒してください」

「めんど……むぐっ」魔王さんは謎のひらひら部分で私の口を塞ぎ、「お任せください。みなさんは危険なのでどうぞ安全な場所に避難していてくださいね。終わり次第お伝えに参ります」

「ありがとうございます。それでは」

 脱兎のごとく走り去る村人たち。すがすがしいですね。

「なにが『危険なので』ですか。魔族とか魔物とかを統べる存在のくせに」

「ぼくは『魔物が』とは一言も言っていませんよ」

「じゃあなんですか」

「ぼくが思うに、魔物より危険ですよ、勇者さんが」

「魔王さんに言われるなんて光栄です」

 そんなことを話していると、唸り声を上げて禍々しい空気を纏った獣型の魔物が現れました。低級ですね。つまり雑魚です。

 私たちを見るやいなや、魔物は猛スピードで向かってきます。

「勇者さん、お仕事ですよ」

「魔王さんがいるのに……。この魔物、目が腐ってるんですかね」

「低級はこんなもんです」

「穏やかな顔で言われると、なんかこう、むずむずというかぞわぞわというか」

「ほらほら、来ますよ」

 魔物が跳躍し、私の頭上に大きな影が落ちました。

「力は……、まあいいや、めんどくさい」

 私は背負った剣を抜き、地面を蹴り上げました。全身の力を使って振り上げ、風を切るように振り回します。魔物は空中で真っ二つになり、残骸が地に落ちました。軽やかに着地した私に、魔王さんは拍手を送ります。

「お見事です」

「だるい……。勇者辞めたい……」

 私に斬られた魔物は黒い塵と化し、円を描きながら魔王さんの光輪に吸い込まれました。

 あとには何も残りませんでした。

 まるで私たちの連携技のように見えますが、魔王さんはたまにしかやりません。

 ちなみに、やらなくても差し支えないそうです。じゃあ、なぜやる。

「演出の一環ですよ。かっこいいでしょう?」

「便利な掃除機能ですよね、それ」

「吸引力の変わらないただひとりの魔王です」

「ぎりぎりアウトっぽい言い回しやめてもらっていいですか」

「やっぱり戦う勇者さんはかっこいいですね」

「話、逸らしましたね」

「黒い髪もきれいです。昔、プレゼントでいただいた呪いのお人形にそっくりです」

「褒めてます? けなしてます?」

「めちゃくちゃ褒めてますよ。素敵なお人形でした」

「誰からもらったんですか、それ……」

 私なら渡された直後に燃やします。

「お相手はわかりません。ぼく宛に届いた小包に入っていたんです」

「……それは素敵なプレゼントですね」

 十中八九、対魔族用の術が施された人形でしょう。魔王宛に送るくらいです。かなり強い術がかけられていたと思われますが……。

「とっても美しいので宝物庫に飾りました」

 効かなかったみたいですね。

「さて、お仕事も終わりましたし、報告しに行きましょうか」

「行く必要あります? 私、人間と関わるとじんましんが出る持病が―――」

「なにかもらえるかもしれませんよ。謝礼とか」

「行きましょう」


 〇


「残念でしたね」

「これだから人間は嫌いなんです」

「勇者さんも人間ですよね」

「私も含みます。人類は滅べばいいです」

「勇者にあるまじき発言ですね」

 ため息と毒を吐く私に、魔王さんはまあまあと微笑みます。

 魔物退治を終え、報告しに行った私たちを待っていたのは上っ面の感謝でした。

 勇者だと思っている魔王さんには丁寧に頭を下げていましたが、魔族だと思われている私には何かがあるわけでもなく。

 当然のように謝礼はありませんでした。

「言葉でお腹は膨れませんから」そもそも私は感謝の言葉すらもらっていませんし。

「それは確かにそうですね」肯定する彼女もやれやれと首を振ります。

 謝礼がないどころか、はやく出て行ってほしいと表情で伝えてきました。

 罵倒の言葉がないぶん、マシだと考えましょう。くそったれめ。

「魔なるものたちを倒すのは構いません。嫌ですけど、不本意ですけど、心の底から辞めたいですけど、一応勇者なので」

 労働条件の改善を求めたい気持ちでいっぱいです。

 変えられないのなら、せめて自衛をするしかないのです。

「ひとりが一番楽です」

「ぼくは一緒にいてもいいですか?」

「いやだって言ってもついてくるじゃないですか」

「そうですね」

 私に人権などない。

「でもまあ、人間よりマシです」

「勇者さん、ほんとうに人間が嫌いですよね」

「はい」

 私は魔王さんの目を真っ直ぐ見て言います。

「私、人間、嫌いなんです。愚かで」

 魔王さんは青い目をきらりと輝かせて応えます。

「ぼくは、人間、好きですよ。愚かで」

 柔らかな笑みを向けられ、私はさっさと歩き出しました。魔王さんも隣を歩きます。

「やっぱり勇者さんは、ぼくより魔王っぽいですね」

「魔王さんは私より勇者っぽいですよ」

「ふふっ。長く生きてきましたが、勇者さんが一番おもしろいです」

「一番に選ばれると何かもらえたりしますか」

「今日の夕飯はステーキにしましょう」

「光栄です。私がナンバーワン勇者です。全人類崇め奉ればいいです」

 私は剣を高々と掲げ、来たるステーキに向けて気持ちを高ぶらせました。

 村人からの扱いなど微塵も覚えていませんでした。

「では、旅を続けるとしましょうか、魔王さん」

「はい、勇者さん」

 私たちは前だけを見て歩いて行きます。行く先も辿り着く先も知りません。

 知る必要もありません。

 私たちの進む場所が目的地になります。

 誰にも私たちを止めることはできないでしょう。

 なにせ、勇者と魔王なのですから。

「ところで魔王さん。ひとついいですか」

「なんでしょう?」

「足が痛いのでちょっと休憩しませんか」

「せっかく勇者さんがかっこよく決めていたのに……。誰にも止められないんじゃないんですか?」

「足の痛みは人じゃないのでノーカンです」

「そういうのなんて言うか知っていますか?」

「知っていますが、聞きましょう」

 よいしょと木陰に寝っ転がった私に、魔王さんは一言。

「へりくつ」

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