藁人形に五寸釘⑥

 昼休みに入り、悠季は購買で買ったパンを持ちながら、図書室に向かう。ドアを開けるとまだ誰も来ていない様でしんみりとしていた。カウンターの中に入り、奥の部屋と続くドアを開ける。


 部屋は6畳程度広さで、中央には長机が2個並べて置かれていた。その四隅あたりにパイプ椅子があり、壁側には古くなって修繕が必要になった本が棚に置かれている。悠季は扉から1番近くのパイプ椅子に腰掛けると、パンの袋を開けて咀嚼する。

図書室内での飲食は禁止だが、この部屋だけは図書委員限定で許可されていた。その為、昼休みの当番でカウンターでの業務を行う際は図書委員は大体ここで昼食を取っていた。


 悠季が2個目のパンを手にしたところで、遠慮がちにドアが開けられた。入ってきたのは猫背ぎみの小さな女子生徒だった。長めの前髪の奥にある大きな瞳がうろうろと視線をさまよわせている。

「赤座先輩、お疲れ様です」

「瀬野君、お、お疲れ様」

 赤座はややどもりながら挨拶を返すと、悠季と対角線上にあるパイプ椅子に腰かけた。最初の頃は警戒されているのかと思っていたが、赤座は誰にでも同じような対応をしているから、そもそも人付き合いが得意な方ではないのだろう。


 うちの学校の図書委員は2人一組で一週間ずつ昼と放課後のカウンター業務を行うようになっている。だが、悠季は放課後祖母のお見舞いやバイトでなかなか出れそうもない。そのことを委員長である秋野に報告すると、

『わかった、放課後は出てこなくていいから、それに落ち着くまでは委員会休んでても大丈夫だけど』

とその日のうちにあっという間に許可が下りのだ。流石にそこまで迷惑をかけられないからと、昼間のカウンター業務は全て自分が引き受けることになる形に落ち着いた。


 赤座は持参した小さな巾着袋からこれまた小さなお弁当箱を取り出すと、手を合わせる。

「……いただきます」

 あれだけでお腹いっぱいになるのだろうかと、悠季は毎回不思議に思う。週替わりでお昼にカウンター業務を一緒にする子達全員が似たようなものだった。ちなみに、そのことを南雲に聞いたら『絶対に、『そんなんで足りるんですか?』とか聞くなよ』と釘を刺されたので、真相は闇の中だ。


「赤座先輩、自分もう食べ終わったので、カウンターの方にいますね」

 悠季が席を立つと、赤座は急いでお弁当を口に入れ始めようとした。

「ゆっくり食べて貰って大丈夫なので、どうせ人も少ないですし」

 慌てて口にすると、赤座はリスみたいに頬をぱんぱんにして恥ずかしそうにこくりと首を縦に振る。先輩ながら小動物然としていて可愛いと思いつつ、悠季はカウンターに戻った。


「お、おまたせしました」

「全然大丈夫ですよ」

 少しして、赤座がカウンターにやってきた。その間図書室にきた生徒はおらず、二人きりのままだ。

 赤座は手元に持ってきている文庫本をチラチラとみているが、読まずに悠季の隣でじっと座っている。どうやら、悠季に気を遣って読まないでいるみたいだった。

「赤座先輩、人もきていないんで読んでていいと思いますよ。この分だと昼休み終わりまでほとんどこなそうですし。きても自分が対応するので」

「えっ、でも」

「気にしないでください、むしろ先輩たちに無理言って放課後の業務しなくていいことにさせて貰っているので」

 寧ろ、悠季も調べたいことがあったりしたのでその方が好都合だったりする。

「あ、ありがとう、じゃあ、ちょっとだけ読ませてもらうね」

 赤座は嬉しそうに微笑むと、文庫本を広げ読み進めていく。


「先輩、赤座先輩!」

「えっ! 瀬野君、なに、かな?」

「読書中すいません、もうすぐお昼休み終わるので」

「もう、そんな時間だったんだ……」

 赤座は時計を見つけると、少し驚いたように瞳を大きくさせた。

「いえ、凄い集中して読んでましたけど、面白いんですか?」

「えっと、うん」

「ちなみにどんな本なんですか」

「あっ、その……」

 赤座はおずおずとブックカバーを外すと文庫本を手渡してくる。

『日本都市伝説~あなたの身近にも怪異は存在する~』

 想定外の本に悠季は目をぱちくりさせた。

「そ、その、最近、テレビでそういう番組みて、ちょっと気になって」

 しどろもどろになりつつ、聞いてもない言い訳をしてくる姿に、思わず口元が緩む。

「面白いですよね、都市伝説、僕もたまに見ます」

「あっ、うん!」

「すいません移動教室なのでお先に失礼します」

「うん、今日はありがとう」

「とんでもないです、お疲れ様でした」

 廊下を速足で去る悠季の姿を赤座は何処か嬉しそうに見つめていた。

 



 




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