佐倉薫の怪奇譚
森川 朔
プロローグ
夕礼の終わった教室は授業中と打って変わり騒がしくなる。
「悠季、これからみんなでカラオケ行くんだけどこない?」
そう言って、南雲は悠季の肩を叩きながら屈託のない笑みを浮かべた。短く切りそろえた髪に大きな瞳。男の自分から見ても南雲司はカッコいい。それこそテレビに出ている芸能人と遜色ないだろうと悠季は密かに思っている。現に今もそんな南雲の姿をクラスメイトの女子たちがうっとりした様子で見つめている。
「ごめん、今日はこの後バイトがあるから」
通学カバンを肩にかけながら瀬野悠季はすまなそうに謝る。
「そっか、それじゃあしょうがないな、また誘うわ」
「ありがとう、それじゃあ」
「ああ、またな。バイト頑張れよ」
「ありがとう」
南雲は気分を害した様子もなく、急ぎ教室を出ていく悠季にひらひらと手を振った。その様子に女子たちが悠季に向けて羨ましそうな視線を向けてくる。毎度のことだ。はじめの頃こそ注目されて嫌だった悠季だが、それも毎回ともなれば嫌でも慣れる。とは言っても、毎回のように南雲の誘いを断っていることに関しては申し訳なさしかないが。今度埋め合わせをしよう。そう考えながら、悠季は階段を駆け下りていった。
学校を出た悠季がまず向かった先は病院だった。駐輪場に自転車を止め、受付で面会用の紙に必要事項を記入していく。
「毎日偉いね、書けた?」
「お疲れ様です、はい、お願いします」
顔なじみになった看護師に頭を下げながら、記入した用紙を渡す。
「うん、大丈夫そうだね。はい、いつも言ってるけどなくさないようにね」
「ありがとうございます」
渡された面会者用のカードを受け取り、胸ポケットに留めると悠季はエレベーターに乗り込み3階へ向かう。
「毎日来るの大変だろ。無理してこなくていいんだよ」
「全然大丈夫だから気にしないで」
祖母の言葉に悠季は笑みを浮かべながら返した。窓から優しいそよ風が吹いてきて、白いカーテンがひらひらと揺れる。
「友達と遊びに行く予定とかできたらそっちを優先するんだよ」
祖母は優しい声音で伝えると、しわだらけの左手でぎこちないながらも悠季の髪を優しく撫でる。
「わかってるよ。それで体調はどう?」
「悠季の顔を見たら元気になったよ」
「ならよかった」
悠季は視線を包帯がぐるぐる巻かれ固定されている祖母の右手に向けた。
「腕は治るのはまだかかりそう?」
「先生が言うにはまだかかるみたいだねぇ」
まるで他人事のようにあっけらかんとした答えが返ってきた。
「なにかして欲しいこととかある?」
「大丈夫よ、先生たちも良くしてくれるしね」
「そっか」
「悠季、学校は楽しい?」
「まあまあだよ」
「そうかい」
祖母はそっと窓の外に顔を向けた。窓の先は快晴で遠くの方に青々とした山脈が見える。その光景を祖母は何処か慈しむように眺める。
「学生時代は短いから私に気にせず楽しむんだよ」
「わかってる、ごめん、そろそろバイトの時間だから行くね」
「悠季」
後ろから声をかけられる。昔から変わらない優しい声。
「無理しなくていいんだからね」
「大丈夫だよ、それに……」
悠季はやや言いよどんだ後、言葉を紡いだ。
「今のバイト、案外悪くないから」
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