アイにつける薬はない―短編集
一澄けい
地獄はハッピーエンドの色をしている
※本編とは違い、事故で優希が死んだ設定のセルフ二次創作です
**
事故に遭って死んだはずの年上の幼なじみが戻ってきたのは、彼―ゆーくんの葬儀も終わって、ひと月ほど経った頃のことだった。
戻ってきたゆーくんと再会したのは、本当に偶然の出来事だったのだと思う。
ゆーくんが居なくなって、ひとりぼっちで歩くようになった帰り道、その途中で、あたしは彼と再会した。
ゆーくんは、昔となんにも変わらないまま、まるで死んだなんて嘘みたいな顔をして、ただそこに立っていた。その事実が信じられなくて、あたしは、彼の手にそっと触れた。
触れた手には、ちゃんと、体温があった。
「……ゆーくん?」
信じられないような心地であたしが名前を呼べば、ゆーくんは優しく微笑んで、あたしの手を、そっと握ってくれた。
「そうだよ。ただいま、芽愛ちゃん」
そう言ってあたしを優しく抱きしめて、そんなゆーくんの行動に、あたしはなんだからしくもなく、泣いてしまいそうになった。
だって、もう二度と戻ってこないと思っていた彼の声が、体温が、こんなにも近くにあるんだもの。嬉しくて、嬉しくて。泣いちゃいたいくらいの喜びが、あたしの身体を駆け巡る。
その喜びを噛み締めたまま、あたしはゆーくんの背中に縋りついて、そして、ちいさなちいさな声で、言ったのだ。
「……うん。おかえり、ゆーくん」
そうやって、あたしの隣に、ゆーくんは戻ってきた。
帰って、きてくれたのだ。
「……あ!ゆーくん!!」
今日もゆーくんは、帰り道の途中で、ひょっこりと電柱から顔を出した。
甘い、優しい顔でゆーくんは微笑んで、それからとびきり優しい声で「芽愛ちゃん」と、あたしの名前を呼んでくれる。
「ゆーくん!あのね、今日はね……」
あたしは嬉しくなって、ゆーくんに駆け寄って、それからゆーくんの腕に、ピトリとくっついた。
戻ってきたゆーくんの腕は、なんだか昔よりも逞しくって、まるでなんだか、別人みたいだ。
まあ、そりゃあそうだろうな、と思う。
だって、あたしの隣にいるのは、ゆーくんなんかじゃないんだから。
あたしは馬鹿だけれど、死んじゃったひとが二度と戻ってこないことぐらい、知っている。だから、本当にゆーくんが戻ってきたわけじゃないことぐらい、あたしにだってすぐに分かった。
それによく見れば、顔だって、身長だって、少しずつ違う。よく聞けば、声だって微妙に違う。それに、昔のあたしとゆーくんのことを、全く知らない。
そんな、ゆーくんに限りなくよく似た誰かは、今日もまだ、あたしがあなたをゆーくんだと思っていると思い込んだまま、あたしの隣を歩いているのだ。
滑稽だ、と思う。馬鹿馬鹿しい、とも思う。そこまでしてまで、あなたはあたしと一緒に居たいの?変な人だね、と。そう言って拒絶してしまうのは簡単だ。
だけど、あたしがそれをしないのは。
その、どこか狂ったような他者への執着を、きっとあたしはよく知っているから。
目の前にいる彼は、ゆーくんの前にいた頃のあたしだから。
彼にとってのゆーくんは、きっとあたしだ。
だからあたしは、きっと、彼のことを見捨てられない。
執着する相手を喪うことがどれだけ辛いのか。それをあたしは、厭という程知っているから。
だからあたしは今日も、この滑稽な茶番劇を続けるのだ。
破綻したあたしと、破綻したあなた。その執着に抗えないあたしとあなたは、もしかしたら、世界一お似合いなふたりなのかもしれないな。
なーんて。そんなこと、腹立たしいから絶対に言ってやらないけどね。
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