さなとかえるの王子さま。

雪田 理之 (ゆきた みちゆき)

1.さなとかえる


 今日も、うまくいかなかった。

「ただいま……」

 さなは家に帰るなり、重いカバンを床に放って、ため息をついた。

 

 毎日、アラームに起こされ、重たい気分を引きずりながら仕事に行く。

 仕事ではしょっちゅう小さなミスをして、人に迷惑をかけてばかり。

 不安と疲労を抱えたまま、なんとなくで日々が終わっていく。


「わたし、何のために生きてるんだろう……」

 アイスティーを注いだ冷たいグラスの表面に、つぅーっと水滴がこぼれた。


 その時、テーブルの上から何かの声がした。

「だいじょうぶ?」

 見るとそこには、一匹の小さなかえるがいた。


「えっ……、かえる……?」

「こんばんは」

「えっと、あなた、誰?」

「ぼくは、よるの国の王子です」

「……?」

 かえるの王子さまは、ぴたんぴたんと、さなの手元に近寄り、ぴとっとさなの手にやさしく触れた。

「あなたを迎えにきました」

「迎えって、どこに?」

「よるの国です」

「よるの国……?」

「あなたの大切なものが、眠っているところです」

「いったい、どういうこと?」

「ぼくについてきて」

 そう言って王子さまは、部屋の奥のほうへとぴょんぴょんと跳ねていき、半分だけ開いているドアのすき間に消えた。向こうは、さなの寝室だ。

 さなは、あっけにとられながら、王子さまを追いかけてドアを開けた。

「えっ?」

 しかし、ドアを開けるとそこには、いつもの寝室はなかった。

 そこには、静かで深い、夜の森があった。

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