雨の町の冒険

EP5 東京板橋にて





-2022年2月東京板橋区にて-




「ワァオオオオオオオーン」






遠くの方で、犬の遠吠えが聞こえる。


天気は東京にしては、珍しく小雪がチラチラと舞っている。


月明かりもない、暗い空から小さな雪の粒が降り落ちてくる。








…時間は、もう22時を過ぎている頃だろうか。



バイト帰りの俺は、これから自宅であるボロアパートに帰路に着く所だった。








「「「「ガタン、ガタン、ガタン、ガタン-」」」」








電車が通り過ぎる高架下を俯いた感じで、トボトボと歩いている。今日はとても寒い…雪が降るだけの事はある。



コートを着ていても、その寒さは直に伝わっていた。






酷く悴んだ手には―



途中の駅前のコンビニで買った、今日の晩飯であるカップ麺と菓子パンとスナックなどが入ったビニール袋をぶら下げている。








俺の名前は…





いや、名乗る程の者ではない。しがない、30過ぎのオッサン間近のフリーターだ。因みに、彼女いない歴は…俺の年齢と同じだ。只今、絶賛彼女を募集中である!!









「…」








「ハァ…」 







ため息は白くなり、どこかに消えていく。

ロクに収入もなく、貯金も殆どない俺に彼女なんか、作れるか…


相手に迷惑をかけて終わるだけだ。




まぁ、俺に彼女がいないのは、収入がどうこうというよりかは、どちらかというと女性と話す事が苦手な所が大きいだろうな。



…いや、それは男子諸君にとっては皆、同じ事なんだろうか。



そうだとしても、30歳を過ぎても一度も付き合った女性がいないという事実は、中々の深刻な問題であると捉えて貰えると有難い。





そう1人で考えながら、俺は歩いていた。









「…」








それよりも今日の事…

いや、今までの事が頭をよぎる。今日はバイト先で色々とミスをして、副店長に凄く怒られたなぁ。


もう、あの職場には、いられないかもしれない。





-俺は、就活に失敗した。収入が安定しているので、公務員を目指していたんだか、あれも倍率がそれなりに高いしな…


まぁ、大学時代にあまり勉強しなかったのが、大きいかもしれないが。



大学は何とかギリギリで卒業して、その後はフリーターとして働きながら、勉強をして目指していたのだが、ことごとく駄目であった。その内に、フリーターとして生きていくのも、別に悪くないんじゃないかと思い、ロクに定職も就かず、職を点々として生きてきた。



そして、今に至る。



まぁ、その日暮らしという事かな。






今まで就いたバイト先でも色々とミスをして、怒られて嫌になって辞めた事が多かった。












今回もきっと、そうなるだろうか…










(これから先、どうしようかな…)








俺は真っ黒な空を見上げて、考えていた。



そして、今までの人生を振り返りながら、密集する住宅街の狭い道を抜けていくと、その内に自宅のアパートに着いていた。



「ギシィ、ギシィ、ギシィ-」



今にも崩れそうな階段を上り、2階である自宅のドアを開けて、部屋の中に入る。





    「ギイイイー、ガチャン」










「ガサガサガサガサ―」



部屋の中に入ると…山積みになった雑誌や、今日食べた朝食の皿の洗い残し、そこら辺に脱ぎ捨てられてグチャグチャになった衣類、ずっと敷きっぱなしの布団、いつ食べたか分からないコンビニ弁当のゴミ袋などが、色々と散乱している。



…この頃、全然片付けをしていないからな。


とても汚い部屋であった。




「ドサっ―」


俺は買ってきた晩飯を、その辺に放り投げる。そして、部屋の灯りを点けると、すぐに畳の上に仰向けに倒れた。








真上に見える灯りの光が、滲んで見えました。











-どうやら、俺は社会で生きていくのが上手くないらしい…












淡々と時間だけが無意味に流れていき、気付けば…もう30歳をとうに越えていた。このまま、何も起こらずに老いて死んでいくのだろうか。



いや…

その前に、心はすでに死んでいるに等しい状態だった。



こんな事ならば、最初からどこでも良いから定職に就いて、働くべきであった。なんで…あの時の俺は、何も考えていなかったのだろう。






いや…そもそも人生を最初からやり直したい。


もっと、計画を立てて生きるべきだったな。


そしたら、今よりはマシな人生を歩んでいただろうか。






彼女を作って、結婚をして、今頃は幸せな家庭を築いていただろうか…


まぁ、これも自業自得なんだがな。












「ハァ…」










その内に、目に溜まっていたであろう涙が、頬をつたっていた。俺は、腕で涙を拭う。


すると、俺は少し気が楽になった感じがした。







だが…だがだ。嘆いてばかりでも仕方がない。


少しずつでも生きている限りは、頑張らなければいけない…(グスン)



あー、そういえばだ!!


俺は自分を励ます様に、冗談混じりの考えを巡らす。





30才を過ぎて、童貞だったら魔法使いになれるって言っていたな。只の迷信だと思うが、心のどこかでは…本当に魔法使いになれるのではないかと、期待していたもんだ。




…まぁ、30才を過ぎて何年も経つけど、結局魔法は使えなかったがな。少しでも期待をしていた自分がいた事は…なんか、恥ずかしいな。


「ハハハハァ…」 


俺は軽く笑いながら、ため息をつく。





とりあえず、これからでも定職に就くか… 


だが、今までも…こんな俺だ。





俺にこなせる仕事が、この世界にあるのだろうか。








「…」








今日はもう疲れた。明日になったら考えよう。


俺は折角買ってきた晩飯も食べずに、そのまま寝てしまっていた。














「…」
















「…」














「…」











(んっ…?)







-これは、夢だろうか?








俺は、白い光の中にいた。


遠くから、誰かの声が聞こえる。


俺は何となく、その声に耳をすませていた。










「…」










「…い」












「…がい」










その声は、次第にハッキリと大きく聞こえてくる。












「…ねがい」












そして突然、女性の声で強い口調で-


 「「「「「お願い、この世界を救って!!」」」」」




「「ウォオオオオ!!」」 


俺はその声に驚いて、目を覚ました。





「チュンチュンチュンチュン―」





「…」(俺)




「何だ、夢か…」


俺は、胸を撫で下ろしていた。



「ハァ…」


(今のは、一体何だったんだ!?)


(疲れていたから、変な夢でも見たのかなぁ…)





「あ~ビックリした!!」


「んっ…?」


「「「「ええええええええええええ~っ!!」」」


俺は、改めてビックリする。

目覚めた所は、アパートではなかったのだ!!




―俺は、見渡す限りの大草原の中にいた。














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