第三十七話 蛇足


 八岐大蛇。

 8つの頭と8つの尾を持つ巨大な蛇だ。誰しも一度はその名を聞いたことがあるんじゃないだろうか。

 それぐらい、こいつの伝説は有名だ。

 スサノオがお酒を飲ませて倒し、その尾から凄い剣を見つけたとかいうね。

 まさか仲間になるとはねぇ。

 

 俺は今、その頭に乗ってくつろいでいる。


 こうなってしまっては、身体の中に剣があるかは確認できまい。仲間になったやつの体を刻むほど、俺は人間辞めてないからな。

 単純に気になるけどね。

 そもそも、強い剣があっても使わないというのもあるかもしれん。


 俺が生粋の剣マニアじゃなくてよかったなオロチさんよ。


 さて、と。

 正体不明の巨大モンスターと戦うという目的は果たされたわけだ。

 この後はどうしようかねぇ。

 正直、何も考えてない。


「たかいね〜」

「そうだね〜」


 ずっとここでのんびりしていたい気分になってくる。

 

 だからと言って、いつまでものんびりはしてらんないよな。日が暮れてしまう。

 こいつとの戦いの疲れもコビンの愛情団子で完全に回復したし。

 高い景色も堪能したからな。渓谷の下で景色もクソもないけど。

 

 俺を乗せてくれている頭に声を掛ける。

 

「なあ、オロチさんや。そろそろ帰ろうと思うんだが、お前たちはここで待っていてもらってもいいか?」

「ギギャ?」


 俺の言葉に、オロチが首を傾げた。

 それは良いことだ。自分の意思を俺に示してくれているのだから。

 問題は俺が頭の上に乗っていたことだね。

 

「あぶなかった……」


 オロチの角を掴んで落ちては居ないからいいけど。

  

「だいじょーぶ?」

「うん、大丈夫」


 オロチさんや。

 ちょっと、俺落ちそうだから真っ直ぐにしてくれるかい?

 うん、ありがとうね。


 頭の上へと再びよじのぼり一息つく。

 これから俺たちが帰ることの説明をしなくちゃな。


 八岐大蛇が俺の家まで着いてきたら大変だから、しっかりと理解してもらわねば。

 

「俺たちがいなくなった後も、ここから動かないでほしいんだ」

「ギギャッ!」


 理解できたのかわからないが、今度は俺のお願いにしっかりと頷いてくれた。

 うん、また危なかったよね。

 落ちそうだったよ、俺。

 

 しかしながらこれで、彼らが勝手にどこかへ行くことはないだろう。

 多分。

 きっと理解してくれたはずである。

 ここから動かないでくれるというのは、大きい。


 谷の下から動かなければ、八岐大蛇が学校の人間たちと遭遇する危険が減るからな。


「ギギャア……」

「ああ、気にしないで大丈夫だぞ。次から気をつけような」


 鳴き声から申し訳なさそうな雰囲気が伝わってきた。

 何度か俺を落としかけたことを気にしているのだろうか。

 いいんだぞ、オロチよ。

 頭に乗せてくれてるだけでありがたいのだ。まあ、正直いって乗る必要もないしね。

 乗りたいから乗っているだけだ。


 うん、俺の方が悪いまであるね。

 いいんだ。オロチが乗せてくれるって言うんだから。

 

 

 ところで、俺の話を伝えていなかった他の頭への情報伝達とかはどうなってるんだろうか。後でこの頭から口頭で伝えてくれるのかね。

 気になるが、それは別に今日確かめなくてもいいか。

 

 他の頭は全部、ビニーの相手で忙しそうだからな。

 頭から落ちないように、下の様子を覗く。


「シャシャー!」

「「ギ、ギギャ……」」

「シャーッ!」

「「ギギャアァ」」


 よっこらせ。

 静かに頭の上に座り直した。


「なかよしさんだね!」

「…………うん」

 

 なんか、小さい蛇が多頭の大蛇に上から目線で講釈垂れてる。説教でもしてるのか?

 険悪な雰囲気ではないけども。

 

 コビンにはあれが仲良しに見えるらしい。

 何を喋っているのかわからないが、私の方が先輩なんだからね、的な会話だろうか。

 

 小さな蛇にペコペコしてるオロチたち。

 滅茶苦茶強かったのが嘘みたいだ。俺の本気の一撃に耐えるなんていう馬鹿げた耐久力の持ち主だからな。

 ビニーは全くビビっていない。あの子すごいや。

 見てる側としては、サイズ差すごいから心配になる光景である。

 襲わないだろうからいいけど。


 オロチ、初めは好戦的だったが、こうして話していると案外優しいやつだ。

 多分、純粋に戦いが好きなんだろうな。

 俺との戦闘も楽しそうだったし。


 そんな彼らには悪いが、俺たちが家に帰ったあとも谷底で待機である。

 俺との約束を守ってくれるなら、人間も襲わないだろうけど、問題はそこじゃない。

 着いてきても、結局は身体がデカすぎて家に入れないから外に出ていてもらうことになるし、それだとシンプルに目立つからな。


 人間たちに八岐大蛇だと言うことはバレてないみたいだが、存在は露呈しているのだ。人間が討伐しに来ないとも限らない。

 まあ、ないだろうけど。

 八岐大蛇強いからね。そんな命知らずはいないだろうが、馬鹿はどこにでもいるものだ。

 

 その点、ここなら人目につかないから何の問題もない。元々ここで寝てたし。

 ここに待機してもらうのがベストだ。


「よし、乗せてくれてありがとうな」


 乗せてくれていた頭に下ろしてもらい、このままじゃ一生話していそうなビニーを回収しに行く。


「ビニー、帰るぞ」

「シャ~!」


 うむ、これで良し。

 元気に服の中である。

 

 この子はいつまで服の中に収まるサイズでい続けるんだろうか。可愛いからいいけど。

 八岐大蛇と成長に差がありすぎである。本当に同じ卵から出てきたの?

 何がこの差を作ったのか、私気になります!


「それじゃ、オロチ。大人しく待ってるんだぞ」

「シャー」

「「ギギャアアッッ!」」


 うん、見送りの迫力すごいね。

 俺への見送りというよりもビニーに挨拶してるような気がするのは気のせいか。


 いや、俺を乗せてくれてたのは、俺を見てる。頭ごとに性格とか違うっぽい。

 

 8つの頭に見送られながら、壁を蹴って上へと跳ぶ。

 

 オロチの名前も決めないとだが、問題は名前の数だ。八岐大蛇を1匹として考えて1つの名前をつけるか、頭1つ1つに名前をつけるべきか。

 その場合、8個も名前考えないといけないんだよな。


「…………明日考えよう」


 考えることが多い。

 名前も考えないとだが、それ以外も。

 

 オロチが仲間になったことで、山暮らしを本格的に考えないといけなくなってきた。

 街中で暮らすには身体がデカすぎるからな。

 

 鬼の体をした俺も巨大モンスターの八岐大蛇も、人目につくのは避けるべきだ。

 

 人に遭遇しないためには、山で暮らすぐらいがちょうどいいだろう。

 そう考えている間に、地上へはすぐに着いた。

 

「またねぇー!」


 コビンちゃんがオロチへと元気に手を振っている。多分だけど、たぶん下からは見えてないよ。

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